創作です
未来が見える少年のはなし





未来が見えたとしても、それは決していいことばかりではなかった。苦しいことも、辛いこともあって、知りたくもないようなことを知ることだって多い。ならぼくは、最初から未来なんて存在しなければいいのにと思った。自分の力故に誰彼に当たることもなく、薄どんよりとした人生を送っていた。

そんなぼくに人生の転機を与えたのは、一人の青年だった。
第一印象は、平凡な人だった。当たり障り無くクラスメイトと接触し、短く切られた茶色の髪の毛をゆらゆら揺らしながら笑顔を絶やさない。そんな彼はどこまでも僕とは正反対で、見ているだけで吐き気がして、苦しくなる胸をぐっと押さえ込んだ。なにを知らないように、真っ白い人間を見るのが大嫌いだったのだ。

そしてある日の放課後、自分の未来が見えてしまったが故に学校から出ることができなかったぼくは、教室でだらだらとしていた。そして、彼と出会った。

「帰らないの?」

にこりと笑顔を見せて、機嫌を取るように彼はぼくにいった。顔色を伺うような態度に腹が立つ、そう思ったぼくは言った。

「死ぬから」
「…………え?」
「今帰ったらぼく、交通事故で死ぬんだ」

それは数時間前、ぼんやりと授業を受けていたときに感じたものだった。本屋に寄って帰ろう、そう思った矢先、自分の脳裏にはトラックに跳ねられる自分の姿があった。こんなのは何度も体験しているだけあって、今日もついてないやと思うだけで済んだ。この力も、使い様とタイミングによってはすごく助かる。嫌いだけど。
未来が見えるなんて、常識人に言えば精神科に行けと言われるレベルだろう。だけどこいつは性格がいいから、どんな風にいうのか、反応を取るのか、ちょっと楽しみだった。

「………未来が、見えるの?」
「うん、まあ」
「じゃあおれは?」

にこっと笑い、彼は自分を指差してそういった。もちろんぼくはひねくれている、だから彼がぼくを馬鹿にしてるもんだと思って、意地でも未来を教えてやろうという気になった。そう、頭に血が上っていたんだ。

「君は」

じーっと彼を見つめると、数時間後の姿が見えた。自身の部屋と思われる薄暗いところで彼は、ワイシャツを捲り、右手にはカッターが握られていた。その先は割と断片的なものしか感じられない。そしてぼくは、咄嗟に彼自身の左手に手を伸ばした。
冬の下旬というのに学ランは着ておらず、反抗すらしない彼のカーディガンにワイシャツを捲ると、そこには痛々しい傷跡が、幾つもあった。赤く少し腫れている、そんなリストカットの跡が。

「………おい、これ…」
「今時珍しくもないよ」

相変わらず君の悪い笑顔を張り付け、彼は笑う。その笑顔はいつもの温厚な彼を思わせるものではなく、氷のように冷たいものだ。そして彼は傷跡を指でなぞりながら、ワイシャツの袖をキュッと握り締めていた。

「別に誰かにかまってほしい訳じゃないよ」

おれの秘密を知った一号目おめでとう。パチパチと手を叩きながら彼は一向に笑った。後ずさることもなく、ぼくもぼくでおかしな秘密を持っているだけあって、ただ彼を見つめていた。

「ただ、ね。生きてる証拠が欲しいんだ」

熱に浮かされるような、そんな危うげな口調でそう言うと、どこから出したのかわからないカッターを出して彼はぼくに踏み寄る。サーッと血の気が去っていき、自分の未来を見ようと必死だった。窓際に引き摺るように逃げると、足が縺れてその場に崩れ込んだ。
刺される、そんな気持ちでいっぱいだったぼくに見えた未来は、彼に抱き締められる未来。否現在進行形の出来事であった。

「三城くん、君は臆病な人間だね」

勝手なことを述べ、人のことを抱き締めながら彼はそういう。男に抱き締められて嫌悪感でいっぱいなぼくは、なぜか彼を突き飛ばすことも出来ずにただ座り込んでいた。

いつも笑顔を浮かべている大人しいクラスメイト、御祓悠真は自傷中毒者であった。そんな彼に抱き締められているぼく、三城武は未来が見える変わり者であった。
そんなぼくと御祓悠真が秘密を共用し始めたのは、とても寒かったある日の放課後の教室。ぼくは交通事故で死ぬよりも、もっと恐ろしい日々を送る羽目になった。





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