「翔ちゃん、いつもお疲れ様」


にこりと薫は笑うと、そう俺に言った。ココアからゆらゆらと出ている湯気と甘い匂い、自分の家っていうのはやっぱりいいものだなんて、そんなことを再確認した。祭日ということもあって今日はなんとなく家に帰ってきた。那月の反対を押しきって無理矢理来たため、明日にはまた帰らなきゃいけないけど、それでも俺は満足だった。両親の安心をした笑顔を見にきたようなものかもしれないけど、なにより俺の早乙女学園入学を反対していた薫とも話したかったからだ。たった一人の双子の弟だし、やっぱりいまだに心配もしているだろうから。


「そうだ翔ちゃん、今日はなんの日か知ってる?」
「今日……?」


十一月二十三日。一般としては勤労感謝の日だよなと言うと、違う違うと薫は俺とそっくりの顔で微笑んだ。


「十一月二十三日、語呂合わせでいい兄さんの日だよ」
「いい……にーさん…ああ!」


本当だと笑えば、薫も嬉しそうに笑っていた。前々から思っていたけど、こういった語呂合わせを考える人ってすごいと俺は思う。にしてもいい兄さんの日か…


「翔ちゃんは僕にとって、いつまでも最高で自慢のお兄ちゃんだよ」
「お、おう」


ココアを飲みながらそういう薫に、思わず俺はそんな返事を返した。いくら兄弟とはいえ、そんな言葉を面と向かって言われるのはさすがに恥ずかしい。というか照れる。


「可愛いし、歌も上手だし、努力だっていっぱいいっぱいしてる」
「そんな翔ちゃんを見るのが、僕は大好きだったよ」


可愛いは余計だろ。そう思うものの、そんな言葉は出なかった。ああこいつ、やっぱり俺がいないの寂しいんだなーっていうのを改めて確認したからだ。双子な俺たちは、それこそ生まれた瞬間からずっと一緒に育ってきた。俺は心臓病なんて厄介なものを抱えてしまったけれど、薫が気に病む様子を見るのは昔から大嫌いだった。弱く見られるなら、強いとわかってもらえばいい。子供ながらの漠然とした理由で俺は無駄に空元気になったり、空手を始めたり、とにかく必死だった気がする。でも昔からなんとなくわかってた。俺がそんなに、バカみたいに頑張るのは、追い付かれたくなかったからなんだって。双子で、生まれた時間が数分俺が早いだけという理由で俺が兄になった。なら追い越される可能性だってないわけないし、せめて薫には頼り甲斐のある兄として見てほしかった。体が弱く、守られるだけの兄は嫌だった。それに薫は頭がよかったし、そんな分野では勝てないと思ったから、なにか勝るものはと考えた結果が歌だった。けど、練習してるところとかをすごく見られていたし、あんまりかっこいいとは言えなかった気がする。


「俺って、そんなにいい兄貴か?」
「うんっ!僕のたったひとつの自慢だよ!」
「ひとつって……」


医学について勉強しているくせに、そんなことをさらっと言ってしまうこの弟を少しだけ恐ろしく思う。薫にとって、自慢出来ることはたくさんあると思うのだけど…天然って恐ろしい。ああでも、そんな風に言われるのは嫌いじゃないな。


「これからもいい兄弟で居ような、薫」
「もちろん!」


ぎゅ、と握った手は暖かかった。いい兄さんの日なのに、これじゃいい双子の日じゃないかと錯覚してしまう。そんな甘やかな幸せを感じていると、ぼそりと薫がいった。


「でも僕、双子じゃなくて恋人でもいいなあ。翔ちゃんのこと大好きだから」
「なっ!!」


我が弟までも那月のようなことを言うようになってしまった。心底衝撃を受けていると、薫が俺の方を見て笑った。すごく那月と被るような笑みだったけど、なぜか薫は那月のことを嫌っているからそれは伏せておいた。ってそうじゃない!何が恋人なんだよ!そんな冷静な突っ込みを自分に入れていた。そりゃあ、薫はルックスも悪くないし、医者を目指しているだけあって頭だっていい。兄から見ても気だって利くし、むしろ彼女ができないのが不思議なくらいなのに、こいつはいったい何をいってるんだ!


「ばっ、バカなこといってんなよな!」
「僕は本気なのに〜」


クスクス笑いながら、間延びした声でそういうと、翔ちゃんははあとため息をついていた。翔ちゃんはきっと知らない、僕の恋心を。だからせめて仲のいい双子では居たいんだ。ちらりと翔ちゃんを見ると、ぷくっとほほを膨らませてココアを飲んでいた。つい口が滑って本音が出ちゃったけど、これくらいの滑り止めは必要だよねと自分に言い聞かせた。那月さん握った翔ちゃんは取られたくないし。それに今日帰ってきてくれたのだって、本当に嬉しかった。来なくても電話越しに今までの言葉を言うつもりだったのだけれど、電話の向こうには何より那月さんがいるのが嫌だった。翔ちゃんは知らないよね、僕も那月さんも翔ちゃんのことが大好きだなんてこと。皮肉な話だよ、仲良しの兄弟でいようなんて。いつかは歯止めが利かなくなって、一緒にいる以上のことを望むのなんてわかってる。でも翔ちゃんは優しいから、来るべきときが来ても、僕を責めたりなんてしないと思う。宥めて、話を聞いてくれて、もしかしたら嘘でも僕らにとって禁忌な言葉を言ってくれるかもしれない。だけどそれはほんの些細な可能性の話。そのときはきっと、ただの兄弟でなんていられない。でも拒絶なんてされたくないから、話ができなくなるなんて嫌だから、一緒に居られなくなるなんて辛いから、


「本当に、ずっと仲良しでいようね…翔ちゃん」


まるで自分に言い聞かせるように、しみじみと言うと、当たり前だろと翔ちゃんは笑っていた。ごめんね翔ちゃん、でも、せめてもう少しは幸せな嘘を吐かせてね。




111123
願わくは永遠に







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