※音也もトキヤもおかしい
※音也ンデレ






「ごめん、ごめんねトキヤ」
俺がトキヤを好きにならなければよかった。トキヤが俺を好きにならなければよかった。でも全ては過去になって、現在なんてものはなくなって、しまった?違う、これは嘘だ嘘だ嘘だ現実なんかじゃない今なんて存在しない信じない認めない。トキヤが居ない世界なんてあり得ないんだ、トキヤが生きてて俺が生きてて、それが二人にとっての最高の幸せだったのに、どうしてそれを壊したりしたの?どうして壊れてしまったの?



(ああ、冷たい)
ぽたりぽたりと涙が零れる。ごめんねトキヤ、俺見ちゃったんだ、トキヤとレンが仲良さそうに歩いてるところ。最初は誰かと思ったけど、二人って目立つもん、すぐわかっちゃって、それで、後を付いていったりして、あれ、全部俺が悪いのかも。
(これは、いったい)
そしたらレンとトキヤ、キスしてるんだもん。すごいびっくりしたよ。トキヤはその後すぐにレンを突き飛ばしてたけど、レンは満更でもなさそうな顔をしてたね。俺たちにはお互いしか居ないのに、女の子がたくさんいるレンがトキヤにあんなことするなんて、いくら友達でも許せないよね。
(おとや)
でも一番許せないのはトキヤだよ。レンと一緒に居たよね、って聞いたら、レッスンルームにいました?念入りに聞いたのに涼しい顔で答えられて、ホントにもう、裏切られるのって辛いなあって思ったよ。
「おはようトキヤ」
首が痛い、足が痛い、手が動かせない、肢体がびくともせず、声も出ない。しかし目の前の、音也は笑っていた。
「ごめんね、ひどいことするつもりじゃなかったのに」
口にガムテープだなんて、案外ベタなことをするなと思い、うーうーと呻き声をあげる。音也はけらけら笑っていて、その姿はいつも通りだ。だけどひとつ違うのは、私のからだが動かない。というのも、恐らくなにかに拘束されているのだろう。けれどこんなひどいことを冗談でするほど音也は非道ではないし、されるようなくらいひどいことをした覚えもない。
「あのねトキヤ、俺思ったんだ。トキヤはHAYATOでテレビにもいっぱい出てて、すごく人気者だよね?それに最近クラスメートとも仲がいいみたいだし、すごく社交的?になった。だけどたまーにすごく苦しくて、辛くて、この前レンと歩いてるのを見たときも死んじゃうかと思ったの」
レン、という名前に反応した。あの日の光景を見られたのかと思うと、通りで音也が念入りに訊ねてきたわけだと納得する。最近のレンは異様に優しかった。いや、レンだけじゃない、翔も聖川さんも四ノ宮さんもみんなが、私を気にかけてくれていた。最初はなにかと思ったけれど、なるほどとわかったのだ。
(こういうこと、ですね)
みんなが口々にいっていた、『最近の音也はどうだ』と。もちろん普通だといったけれど、端から見れば異常だったのかも知れない。レンと翔と出掛けて、電話をマナーモードにしておいたのに気付かず、ふと見てみれば不在履歴に並ぶ音也の異様なほどの名前、学校でも一時迚離れようとしない姿勢、そして寮に帰ると必ず言われる、俺のこと好き?という言葉。
『イッキはトキヤを殺しかねない』と、レンはいっていた。物珍しく名前で呼んだかと思えば、そんなことかと呆れる。ため息混じりに冗談は止してくださいと返せば、キスをされて、みんなはトキヤを心配していると、そう言っていた。
(こういうのも、悪くないんですけどね…)
誰か一人に執着するされる、というのは悪くない。愛されているのだと思えば嬉しいし、実際に音也のことはすごく好きだ。一緒に居たいと思うし、幸せだから。
「ン、ンン!!」
「あ、ごめんごめん」
声を出そうにもガムテープを自分で剥がすことはできない、じたばたしながら呻き声をあげれば、音也が勢いよくガムテープを剥がした。唇が切れて血が垂れて、一生味わうことがなかったであろう激痛を体感した。涙目になるも、垂れた血を音也が舐めとる様子を見ていると、なんともいえない背徳感に見入られる。
「私を独占できなくて、それが腹立たしくて今度は監禁ですか?あなたにしてはずいぶんいい趣味ですね」
「あれ、わかってたの?」
なら話が早い。音也はそう言い、熱に浮かされたような恍惚とした表情をし、床に這いつくばる私の顎を持ち上げて、目を合わせてから饒舌に語りだした。
「俺のものじゃないトキヤなんて見たくないの、だからこうやって、ずぅっと閉じ込めておけばいいんだなって」
「私は音也が好きです。こんな乱暴な真似をしなくても、逃げたりなんてしません」
「トキヤがそうでも周りのみんなは違うんだよ」
レンも翔もマサも那月も、いつだってみんなトキヤを見ている。もっと言えば早乙女学園のみんながそうだといっても、過言ではないだろう。俺以外の人に依存して、所有物になって、幸せそうに笑うトキヤなんていらないもん。
ならいっそ、俺だけの目に留めておくために、こうしておくのが一番手っ取り早い。
「それともトキヤは、俺とずっと一緒は嫌?」
「手足がこれではまともに身動きが取れませんし、生活ができないです」
「俺が世話する」
「断固拒否します」
そんなの恥ずかしい、いくらなんでも自分の中のプライドが許さなかった。そんな返事を聞くと、音也はぷくっと頬を膨らませている。怒っているようだ。
「音也」
「なあーに」
ぐっと顔を近づけて、軽くキスをした。自分の体制では辛いのもあって、すぐに離れる。そして床を見つめていった。
「私はあなた以外に心を許す気も、依存する気もありません。本当です。それに今これを外さなかったら、音也は私を信じていないと思うことにしますよ」
「む…………」
もちろん考え込む。トキヤからそんな熱情的なことを言われるとは思わなかったし、何より嬉しい。それに愛しい人に信頼されないっていうのも辛いし、うーんうーんと小一時間迷った結果、トキヤの手足を固定していたネクタイを外した。
「ありがとうございます」「でも約束は約束だよ」
絶対に逃げないで、そう音也は言って、私の手を握りしめた。さっきまでおかしなくらい妖しげな雰囲気を放っていたというのに、急に幼稚になるものだからこちらも振り回されるだけで疲れる。でも、嫌いじゃない。
「逃げません、絶対に。だからせめて学校は行かせてください」
「俺以外の誰とも会話しない?」
「………必要最て」
「だあーめ」
きゅ、と優しく手を握り、子供をあやすように音也が笑った。でも左手には、カッターを握っている。それが目に入った瞬間に、全身から冷や汗がどっと溢れた気がする。
「俺以外の人と話したりなんてしたら、トキヤが汚れちゃうよ?そんなのだめ」
ギチギチと擬音にし難い音をたてて、カッターの刃が数センチずつ出されていく。
「最初はトキヤを殺して俺も死んで、永遠に俺だけのものにしようと思ってた。でもトキヤは頭がいいから、約束守ってくれるよね?」
『イッキはトキヤを殺しかねない』そんなレンの言葉が頭の中にリフレインしていた。私の一言一句に命がかかってるだなんて、我ながら言葉すら出てこない。音也は私のすべてを欲し、私はすべてを捧げる他ないと。なんて理不尽なんだろうか。
「――――音也も」
「ん?」
「もちろん音也も私以外とは一切の関わりを遮断して、私だけを見てくれるんですよね?」
「……トーゼンだよ。トキヤのためなら、何を失っても構わない」
それが二人にとっての幸せなら。音也は歪んだ笑顔を浮かべて笑った。大体無謀な約束だ、何があっても周りの人達と会話をしないなんて不可能に等しい。だというのにそんな約束を考える余地なく承諾してしまう音也は、本当に、私だけを求めているんだろう。そう思うと嬉しくて、ちらりと垣間見るカッターの刃の意味の愛情さえも嬉しくて、私はマゾなんかじゃないけれど、狂ってるんだと熟感じた。
「………わかりました、約束します。あなたに私のすべてを託しますからね」
「えへへ、嬉しいよ」
薄暗い部屋の中で、私たちの弾む声が反響しているように思えた。私も音也も狂ってる、なら、そうして愛情を確かめあうしかないじゃないか。殺されたって構わない、ただ、愛されたいだけだから。捨てられたくないだけだから。ビリビリした痛みを感じると思えば、口許の切れたところから再び血が垂れていた。



111119
疑心暗鬼から始めよう










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