トキ→音



 失恋なんて、そんなのしてしまえばただの笑い話だ。バカみたいに浮かれたり、へこんだり、甘くて切ない日々が今となれば楽しかった気がする。因みに直接的に失恋をしたわけではない。恋い焦がれていた彼女にはすでに思いを寄せている人物がいて、ただそれだけだ。放課後の教室、所謂ジョシカイの最中にきれいな髪の毛を揺らし、控えめな笑顔で、白い肌を紅潮させて饒舌にその人物への思いを語る彼女の姿を見たら、俺が叶うはずがないと思った。

「はあ………」

 やっぱり失恋ってクルかも、自室のベッドに身を投げてそう思った。手元の携帯に手を伸ばし、早速自分の笑い話を親友に持ち掛ける。今日失恋しちゃった。そんな短い文章に顔文字なんかを付けて送信する。五分、十分、十五分、どれだけ時間が経とうと彼からの返信は来ない。液晶画面を見つめながら暫く動きを止めるものの、ああそうだと思う。彼は自分が興味を示さない限りは冷たくあしらってくる人物だ、俺の失恋だってそれに該当するもので、だからメール無視してるんだな。
 今日くらいは甘やかしてもいいじゃんか。これが情緒不安定ってやつか、と自己完結すると、彼に電話を掛けた。一コール、二コール、三コール目でようやく誰かが出た。

「もしもーし、音也だけど」
『あれ、音君?』
「ハヤトさん?」

 電話に出たのは物の持ち主ではなく、その兄のハヤトだった。芸能人アイドルであり、俺たちにとっても憧れ的な存在のハヤトさん。まあそんなことはどうだっていい、トキヤは?と聞くと、ちょっと待っててねと言われる。携帯越しに聞こえるガタガタという音はいったい何事だろうか。

『……………はい』
「あっ、トキヤ!なんでメール無視するんだよ〜」
『興味がないからです』

 相変わらず冷たいな。そう言うと、そう思ってくれて結構ですと言われる。
 どんなことでも表面上は繕うというのを嫌うトキヤは、こんなときでも自分の素直な意見を述べていた。慰めて欲しいわけじゃないけど、せめて構うくらいはいいじゃん。

「ほんっとーに素直なこというね…結構俺はへこんでるのに」
『貴方がへこんでも知りません。それにどうせ明日には直るでしょう?』
「や……それは……」

 思わず言葉を返せなかった。一応切り替えは早いというか、いつまでも未練がましく引き摺るのは好きじゃない。そんな俺はどんなに沈んだとしても、一日で復帰するのが大概の場合だ。
 けれど今回は本当に好きだった、というか、片思いの期間が長かった分、そんな早い復帰は願えそうにはなかった。俺だって好きで引き摺ってる訳じゃない、だけど、本当に今回だけは。そんなことを思い出すと、思い出に殺されそうになる。じわりじわりと熱くなる目尻を押さえ、ずずっと鼻を啜る。そんな風に黙り込んでいる俺の様子を察したのか、トキヤが短く溜め息を吐いた後に言った。

『………明日の放課後、うちに来てもいいですよ』
「ほ、ほんと!?」
『言っておきますけど!今回だけですから!』
「うん!うん!ありがとー!」

 トキヤは基本的誰かを家に入れるのは好き好んでいない。でも俺だけは例外か否か、頻繁に家に入れてもらえていた。最も最近は俺も例外か、全く入れてもらえなかったのだけど。
 トキヤの家はCDとか雑誌とか、そんなものがいっぱいあって退屈しない。それにハヤトさんもいるし、トキヤもいるし、とにかく楽しい。久し振りだな〜と言うと、そうですねと言われる。そのあと少しだけ世間話をした後、電話を切った。ああ、明日が楽しみだなあ。そう思う俺にはもう失恋でへこんでいたときの面影はなく、晴れ晴れとしていた。




「音君なんだってぇー?」
「失恋したそうです。あと、明日うちに来ますから」

 音君が来るのなんて久々だにゃあとハヤトは笑い、楽しみだねと言っている。烏龍茶の入ったコップを持ったまま、ソファーに座る私の横に腰をかけ、リモコンを手に取って適当にチャンネルを弄りながら、再びハヤトが口を開いた。

「ちゃんと慰めてあげた?」
「…………別に」
「だけど明日、うちに来るんだよね?」

 そう言われて黙っていると、ハヤトがコップを置いて、やれやれと言わんばかりの呆れた顔で言った。

「ホントにトキヤは音君にだけは甘いにゃあ」
「そっ、そんなことはありません!!」
「もうそれ聞き飽きたよー」

 すべてを見透かされるようなその表情から、思わず目を逸らした。こういうとき、自分と全く同じ顔を持っている双子という存在が熟嫌になってしまう。
 そうだ、私は直接的に音也を慰めることはない。元気を出してくださいとか、そういった言葉を私が掛けるのはあまり合わないからだ。だからとりあえずうちに呼んだり、気分転換に連れ出したりということは何度もやって来た。音也の失恋など今更始まったわけではない、昔から一緒にいるだけあって、もう構うことさえも面倒なくらいだ。それでも見捨てずに一緒にいるのは多分、惚れた弱味というものだろう。
 私、一ノ瀬トキヤは音也のことが好きだった。恋心を自覚したのがいつからかなんて思い出せない、だけどとにかく好きで、気持ちを押し殺してまでずっと一緒にいた。もちろん鈍感な音也はそんな私の気持ちに気づくことなく、今までずっと接触してきた。恋の話だって何度も振られた。何組の誰が可愛いだとか、××さんが好きだとか。私はそんな話を適当に流しながらも、内心は真っ黒い感情でいっぱいだった。今回もその前も、毎回といっていいかもしれない、音也は失恋をする度に泣いていた。大体音也を泣かせるようなやつが、音也と付き合う資格なんてない。二人が両思いにならなければいい。いつだってそんなことを思っていた気がする。しかしそれが最善なのか否か、幸いにも音也に彼女と言える存在は今一度出来たことがなかった。そして今回もダメだった。音也が失恋する度に、私は慰めと言い難いほどあざといやり方で元気を出させていた。それはこれからもきっと、ずっと、変わらないことなのだろう。

「ねえ、トキヤはさ、今幸せなの?」

 兄の口からそう溢れた言葉の意味なんてわからない。皮肉なのかどうなのか、そんなのを考えるのは面倒だった。だから多分、無意識に答えた。

「……幸せ、なんでしょうね」

 ただ音也の傍に居られればいい、それ以上は何も求めない。別に思いを通達しようとは思わない、だから、せめて傍に居られれば。そう自分に言い聞かせるように、私は言った。そんな答えを聞くと、ハヤトは健気だねえと烏龍茶を飲みながら笑っていっていた。


111023
泣かない星はないのだと







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