「どうしたらいいのかなぁ」

とあるカフェの一角で赤い髪の青年はため息をついた。名前は一十木音也、歌うことが好きだった彼は念願の早乙女学園に入学し、この春から一人の生徒として学園に通っていた。
色んなことが楽しみで仕方なかったのだけど、今の彼にはそんな楽しみなど二の次。コーラの入ったコップから滴る水滴を指で拭いながら、一向に浮かない顔をしていた。

「でもよぉ、トキヤはクラス内でも全然笑ってないぜ?」

そんな音也の傍らでカフェオレを飲み干したもう一人の青年はそういった。
音也の同年代の友人である来栖翔、クラスは違うものの、サッカーをしたり共通の趣味を持っているが故に交流は多いのだ。最も、今はそんな意気揚々とした話しはしていないのだけど。

「だけど……誰も笑った顔が見たことないって、それってスゲーおかしいじゃん」
「まあそうだけどさ…」

二人の話題の肴は音也のルームメートである一ノ瀬トキヤだった。
荷物を整理しに来たあの日、トキヤが優しい人だと言うことは十分に理解できた音也だったが、あの日以降は一切と言っていいほど関わりを持たれず、話し掛けても相槌を打つ程度。おまけに嫌な顔はしないものの、明らかに自分を迷惑に思っていることが漠然としていて、音也自身も話しかけづらくなっていた。そんなこともあり、翔に相談していたというわけだ。

「じゃあそうだな…いくらトキヤでも心を許すって言うか…気を抜く時ってのがあるだろ?」
「気を抜く?」
「趣味の最中とかさー」

翔に取ってしてみれば、音楽を聴いている最中などは不思議と笑顔になったりする。ならトキヤだって同じなのではと、そう言うことを言ったのだけど、音也はただ無言で首を振る。

「ないない…トキヤの趣味って読書だし、むしろその時の方が雰囲気固いもん…」

なるほどと言わざる得ない返答をされ、翔自身も黙り込んでしまう。
しかし再び深いため息をつく音也を見て、翔はいつまでも何してんだよと、普段からは考えがたいほど情けない彼の姿に腹が立ち、バンッとテーブルを叩いた。驚いた顔で音也が顔をあげると、翔は他の客の集中的な視線を感じつつもいい放った。

「とにかく!トキヤから話し掛けてくるなんてのは絶対あり得ないんだから、お前から押すしかないんだよ!」
「うう………やっぱり」

そんな音也の答えのあとはカフェ全体が静まり返っていた。
我に返った翔はすみませんと小さく謝ってソファーに座り込み、わかってたけどさと言った顔で音也は再び顔を沈める。テーブルの上のコップからカランという氷の音がしていた。




(翔にはあんな風に言われたけど………)

音也は未だに迷っていた。トキヤに話し掛ければ掛けるほど自分が嫌われる気がした。
そのうち会話さえも無視されたりしたらどうしようと、高々一年の仲とみんなは言っていたけれど、音也にとってはまさに然れど一年。とても長いものだし、大切にしたいと考えている。とにかく帰ったら真っ先に話し掛けよう、何て話そうかな。そんなことを考えながら寮までの道をとぼとぼ歩いていると、にゃーと猫の間延びした声がした。

「ん?………あ、あれ…」

猫を探してきょろきょろ辺りを見回していると、草むらの辺りから声がした。
ゆっくりと近づいていくにつれて声が大きくなっていく。そして猫以外に人の声がすることにも気づく。

「あ、ほら、待ちなさい」
「!」

見慣れた私服に声、屈んだままの姿勢で視線を徐々に上げていくと、そこにいたのはつい先程までの会話の魂胆、一ノ瀬トキヤが猫と一緒にいた。
しかも笑顔で猫と話をしている。そんな信じ難い光景に音也は唾を飲み、悪いとは思いながらも息を潜めて会話に耳を傾ける。

「ちゃんとご飯はあげますから。今は待て、ですよ」
「にゃ〜………」
「そんな顔しないでください…ほら、もう食べていいですよ」
「にゃ!」
「そんなにがっつかなくても誰も取りませんから、落ち着いて食べなさい」

お皿に顔を突っ込んでエサを食べている猫の頭を笑顔で撫でているトキヤを見て、音也は思った。やっぱり笑っている方がトキヤはいいなと。
それは初対面の時から常々思っていた。キツく音楽に対してストイックな彼は、あまり人と関わることも少なく、そうともなれば表情も無愛想なものになってしまう。かといって男にこんな表現を使うのはどうかと思うけれど、トキヤは元々美人な顔立ちをしているのだから、笑えばもっとその美しさが際立つものだと思っていた。
エサを食べ終えたのか、トキヤの膝に飛び乗り、抱っこをせがむ子供のようにじゃれる猫にトキヤは再び笑って猫を抱き抱える。頬を舐められ、くすぐったいですと笑うトキヤの笑顔は本当に魅力的で、見入るあまり手に力が入り、手元にあった小枝がばきりと音をたてて折れる。

「だっ……誰です!」
「………ごめん」

一向に猫を抱えたままのトキヤは一瞬にして表情を変えてそう言い、音也はといえば客観的に自分を見たところどう考えても自分に非があると思い、素直に謝る。
音也の姿を確認したトキヤは次第に顔を赤く染め上げ、猫を抱き締める力がぎゅっと強まっているようだった。そして下を見て、悔しいと言わんばかりの怨めしそうな声を出した。

「……今の、見てましたか?」
「はい………」
「っ、さ、最悪です!最低です!居るなら居るとそう言えばいいでしょう!?」
「だって言ったらトキヤはどっか行っちゃうじゃん!それにその、わ、笑ってたし…」
「――――ッ!!」

音也の一言を耳に入れたトキヤの腕から猫が降り、それと同時にトキヤ自身も地面にしゃがみこんで顔を隠していた。耳まで赤いのを見て、音也は思わずくすっと笑ってしまう。

「なに、笑ってるんです…」
「ううん、トキヤでも感情的になるんだなーって」

か細い声を出すトキヤに音也はそう返した。普段はポーカーフェイスばかりで、どこまでが本当の表情かわかりづらい彼が、あんな風に声を荒げたり、顔を真っ赤にしたりと、それら全てが音也にとっては意外な産物としか思えなかった。

「あ、そうだ。トキヤは笑ってる方が可愛いよ」
「余計なお世話です」

一向に顔をあげようとしないトキヤを見て、音也は距離か縮んだような気がしてならなかった。にこにこと笑みが溢れ、顔をあげたトキヤにまず何から話そうと考えるのだった。



110929
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