「トキヤはもし、世界最後の日になったらどうする?」

 音也の質問はいつだって突発的なものだ。前触れもなしにおかしなことを聞いてくるのは少なくないこと、だけど今日の質問も例の如くぶっ飛んでいるものだった。
 答えないといつまでもしつこく聞いてきそうだから、一頻り考えたあとに、質問の内容の割りに笑っている音也に言った。

「最期を見届けます」
「わあ、さすがトキヤ。すっごい現実的だね〜」

 にこにこと笑顔を浮かべながらそういう音也。けれどそのあと、いつもの無邪気な笑顔とは違った、年相応の控えめな笑いを浮かべていった。

「でもトキヤ、世界最後の日が来たら歌えなくなっちゃうね」
「………それは」

 私たちにとって歌を失うことは辛いこと、それはわかりきっていることだ。いくら質問とはいえ、そんなに真に迫るようなことを言われるとこっちまで困ってしまう。

「でも音也、なぜいきなりそんな質問をしたのですか?」

 さっきからの一番の疑問をぶつけると、音也が一瞬表情を歪めた。そしてそのあとため息を吐くと、私の方を見て静かに告げた。

「もしかしたら俺たち、もう早乙女学園には居られないかもしれないんだ」
「な、なぜですか!」

 あまりにも音也が落ち着きながらそう言うものだから、慌てて私がそう問うと、ごめんねと音也が言った。

「あのね、七海はトキヤのことが好きだったんだ」
「え………」
「それは前々から知ってた。何回も相談されてたんだ、トキヤのことを」

 淡々と音也が言葉を述べていく。七海君が私のことを好きだった?そんなバカなことがあるわけない。それになにより、私と音也は付き合っていた。少し前に音也から告白されて、最初はたじろいだものの、私はそれを承諾した。
 だけどさっきの話を聞くと、音也は七海君が私を好きだと知った上で告白をして来たのだろうか。そうごちゃごちゃと考えていると、さらに追い討ちをかけるように音也は続けた。

「そんで今日、七海が言ったんだ。『今日一ノ瀬さんに告白しようと思うんです』って」
「……七海君がそんなことを…」
「それで俺がやめたほうがいいって言ったんだ。
俺とトキヤはもう付き合ってるから、って」

 思わず息を飲んだ。音也のその言葉はつまり、七海君の告白を、私たちの関係をばらしてまで止めたと言う、そんな話。
 でもどうしてそこから早乙女学園に居られなくなるという話に繋がるのか、頭は割りといい方だと思っていたけれど、私には理解できなかった。

「………そしたら七海ね、俺のことひっぱたいて、最低ですって言って、泣いてた」

 そう言われて音也の頬を見ると、微かに赤くなっている気がした。そのあと七海君は走って行ってしまったらしい。そして音也は七海君がその事を早乙女さんに話されると思ったらしく、さっきの話を私に持ち出したらしい。
 七海君がそんなことをするわけがないですと言えば、人は簡単に変わっちゃうんだよ?と音也が儚げな笑みを浮かべて言っていた。

「だから俺、思ったんだ」
「なにを、ですか?」
「一緒に逃げようよ、トキヤ」

 そう言われると同時に、ぎゅっと音也に抱き締められた。優しいけれど、どこか強い力加減な気がした。逃げる。それは私と音也が早乙女学園から勝手に出るということだというのはさすがの私も悟ることができた。それはつまり、歌も友人も捨てて生きていくということ。私たちにとって命に等しい歌を、夢を、全て捨てて。
 でも音也がそんなことを言ったのは、きっと学園に残れたとしても、私たちが同室相手から外され、きっともう付き合うことも儘ならなくなるであろうことが予想できて、全てを踏まえた上で言った覚悟の言葉なんだろう。

「………ねえ、だめかな?」
「………駄目と言っても、あなたは聞かないでしょう?」

 抱き着く体を離し、そう言うと、音也は明らかに寂しそうな顔していて、だけど驚いていた。

「出ていくところを誰かに見られたら厄介です。ほら、準備はさっさとしなさい」
「と、トキヤ……!!」

 ぱあああっと目を輝かせ、音也は私に抱きついた。ありがとうと幾度も口にしながら、いつもの無邪気な笑顔を浮かべて。
 それから数時間後。最低限の荷物をまとめた私たちは寮の扉の前に立っていた。ここを出たら、もう二度と帰ってくることはできない。それは私たちにとってのけじめであり、色んなことを途中で投げ出した償いでもある。
 足がすくむ、なんて表現は似つかわしくないけど、足に重りがついているように重く感じた。なかなか一歩を踏み出さない私を見兼ね、音也が手を握ってきた。

「大丈夫、俺がいるよ」

 そう呟いて、私の顔を真っ直ぐ見た。いつもの音也のその笑顔は私を安心させてくれた。
 本来なら、あなたなんて何の役にも立ちませんとキツく言ってしまうところだけど、今日はそんな言葉は出ない。それくらい、音也の存在を必要に思った。そして音也も、私の存在を必要としてくれた。そもそもここを出ると決意した時点で、私たちはお互い以外なにも要らないと誓ったようなものなのだろう。

「………はい」

 私も音也の期待に沿うべく、手を握り返して微笑んだ。扉を開け、外の空は夜明けの色をしていた。いつもより肌寒く感じるものの、握り合った手から伝わる温もりがひどく安心感をくれる。そして私たちは、行く宛のない長い旅の一歩を踏み出した。




110923
しあわせだね







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