ゆっくりと、川沿いの土手を歩く。
月明かりの綺麗な夜。
ここを訪れるのは数年ぶり。
「……桜」
たった一本だけの桜。
数年前までここは、綺麗な桜並木だった。
けれど、少しずつ伐られていった。
この桜ももうすぐ。
話を聞いたのは数日前。
そうですか、とだけそのときは返した。
それでもここに来てしまった。
**********
二つの影が月明かりによって川沿いの土手に映し出されていた。
ゆっくりと、桜並木の中を進んでいく。
ふいに大きな方の影が止まった。
続いて小さな方の影も止まる。
「どうしたの?」
「…花影が、綺麗だから」
「かえい?」
「そう、花影。月明かりとかでできる花の影ことなんだ」
「花の影…」
「特に桜のことを言うらしいよ」
「へぇ…。でも本当に綺麗ね」
「たまにはさ、こういう楽しみ方もいいだろ?」
「えぇ!」
「また、見に来ような」
「来年、同じ日に?」
「同じ日じゃ駄目だろう」
「え?」
「桜も、月も、一番綺麗な日に」
**********
それはきっと、今日。
「綺麗よ、とても。花影が、とっても。」
不意に強い風が吹いて。
髪が、服がなびく。
桜吹雪も舞った。
そのときだった。
後ろに気配を感じたのは。
懐かしい、愛しい気配を。
――ごめんね
彼の口が、そう動いた。
「ううん、いいの」
いいの、会えたから。
いるはずないって、幻だって、わかってる。
でも、ううん、なら。
ずっとこの幸せな夢を見ていたい――
その日の土手に、人影一つ。
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