Chris | ナノ




レポートもあと少しで書き終わるといったところで、ふと窓の外を見ると太陽がかなり西に移動していた。何時間経ったのかと計算してみる、3時間だ。
レポートを保存して、更にそのバックアップも取って、花子のベッドの近くに移動する。レポートは持ち帰って1時間ほどやれば終わるだろう。

「花子、」

呼びかけてみるが返事はない。どうしたらこの子は自分のことを大事にするようになるのか。
自分が大切に出来ない人間は正直、この職業に向かない。自己犠牲の精神で臨むと仲間まで巻き込むことになるからだ。
もちろん大切にしてほしい理由はそれが第一ではないが。

「無理しなくていい、俺が居るだろ?」

呟きながら、花子の頬に触れる。ちゃんと温かさを持っていて安心した。
彼女が小さく身じろぎして、それに合わせて衣擦れの音とベッドが軋む音がする。まずい、起こしてしまったか。そう思って手を引っ込めようとすると小さな手が俺の手に重なった。他の誰でもない、花子の手が俺の手を掴んでいた。

驚いて動けずにいると彼女が目を開けた。うすらぼんやりとしか見えてないのか、状況が分かっていないようだ。
でもなんとなく自分のベッドの近くに人が座っているのは認識できたのだろう。

『お、とうさん?』
「え。」

日本語、だろうか。
何を言われたのかが理解できなくて首を傾げていると、花子が幸せそうな顔をして掴んだ手に懐くようにすり寄ってきた。それで更に俺はフリーズした。動けない俺とは正反対に心臓が喧しく動き続けている。

『恐らく花子は俺を、俺じゃない誰かと勘違いしている。』

それがフリーズした思考で考えられる1つの理由だった。

「…花子?」
「!?」

乾いた喉から絞り出したような情けない声で名前を呼ぶとようやく意識がはっきりしてきたらしく、俺の姿を認識したようだった。

「クリスさん…」
「おはよう。」

なんでもない風を装いながら花子を見る。

「わたし…」
「倒れたんだ、昼飯中に。」
「…すみません。」
「レベッカもジルも心配してたぞ。」

はい、と目を伏せる。場違いだがとても綺麗に見えた。

「なあ、花子。もう少し肩の力を抜け。」
「…えっと。」
「適度に休息をとらなければ保たないぞ、この仕事は。」

真っ黒な瞳を見つめながら話す。
鋭くて、時折見る者を射抜くような目は今日は弱々しかった。年頃の少女のそれだった。花子ぐらいの年頃ならまだ親の元で愛されて暮らしているんだろうな。

「もっと自分の体に気を使ってやってくれ。自分1人じゃ出来ないときは誰かに頼れ。」
「でも、」
「でもじゃない。これだけは頼む。自分を大切に出来ない奴に、他人は救えない。君は物分かりがいい子だからな。もう分かるだろ?」
「はい、以後気を付けます。…運んでくださってありがとうございました。」
「いい子だ。」

頭を軽く撫でてやる。さて、話すことがない。
俺と彼女の間に沈黙が流れる。落ち着きがない様子で視線を部屋の隅々に泳がせた彼女は、自分が俺の手を掴んでいたことに今更気付いたらしい。
ごめんなさい、と慌てて手を離す。解放された右手が所在なさげに揺れた。

「ああ、そう言えば君とレベッカが考えた解毒剤の案が正式に開始されるようだぞ。」
「えっ、本当ですか!?」

上半身を起こしたあと、急に起きたからだろう、体勢を崩してベッドに頭を打ち付けかけた。そこはしっかりと支えてやることで阻止できた。
彼女は小さく、ありがとうございますと呟いて、ため息を吐いた。恐らく村のこどもたちを救えることへの安堵感から来たものだろう。

「よく頑張ったな。」
「いえ、わたしは、なにも。」
「誇っていいところだぞ。」

思わず苦笑する。やっぱり日本人と言うものは謙虚を美徳としているからなのだろうか。
なんにせよ、この出来事が若くて頑張り屋な相棒を力づければいいと思った。



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -