5月某日。
俺たちは作戦の舞台となる農村の土を踏んでいた。
村には全くと言っていいほど人がおらず、不気味な静寂が辺りを包み込んでいた。おかしい、事前調査からここは小さいながら活気のある村だという情報が入っていた。
このシーズンは特に、何かの祭りがあるとかで、人が多いのだと聞いていたが、なんだ、この閑散とした感じは。
嫌な予感がする。
「クリスさん、なんだか、おかしくないですか?」
「ああ、人の気配が全く感じられんな…とりあえず、警戒しながら人を探すか。」
了解、と頷きで返事が返ってくる。二人で歩きだそうとしたその瞬間だった。
ガシャン、とガラスのようなものが割れる音に悲鳴が耳に飛び込んできた。
「聞こえたか。」
「はい、あの建物からです。」
「行くぞ。一応銃を構えておけ!」
「はい!」
近くにある大きめの民家へ向かって走り出す。
花子が後ろを確認しながら、俺がドアノブに手をかける。が、向こうにカンヌキかなにか仕掛けられているのか開かない。
一応、誰か居ないかと声をかけてみるが返答はない。
ドアの隣には小振りな窓がある。花子ぐらいなら入れそうなサイズだった。
「花子、そこの窓から入ってくれ。」
「分かりました。」
少し高い位置にあるので俺が台になる。花子は軽やかに宙を舞って、窓から民家内へ侵入した。
『カンヌキが仕掛けられてます、すぐに抜きますね。』
「ああ、頼む。」
『よっと、』
ガコン、と言う音がしたあと、ドアが開いた。
入ると同時になんだか嫌な臭いがすることに気がついた。それは隣を歩く彼女も同じらしく、少しだけ顔をしかめていた。
幾度となく嗅いできたそれは、腐敗臭だった。
「なんですか、この臭い…」
「…腐敗臭、だな。」
「そ、れって…」
「…とりこし苦労で済めばいいがな…」
注意しながら歩を進めていく。その間にまた別の悲鳴やうめき声が聞こえてくる。
地下からか?
「地下への入り口ってこれですかね?」
取っ手のついた鉄製の蓋を2人で持ち上げれば花子の予想通り、地下へ階段が続いていた。
「後方を頼む。」
ペンライトで真っ暗な階段を照らしながら地下へと降りていく。
しばらくすると何やら広い空間が広がっていた。腐敗臭は先ほどより酷くなっている。
「…この先って…」
「まあ、そうだろうな。」
花子は自分の銃を確認した。どうやらきちんと弾は籠もっていたらしい。悲鳴が聞こえてくるドアの前まで来て、一旦顔を見合わせる。
目配せをしてドアを開けて部屋に押し入る。
そこは一面が真っ白な部屋で、中央には鉄製の椅子が置かれているだけだった。そこに何人もの人間が居た。
背が高いなんてそんなレベルじゃないほど(たぶん2、3メートルは超えていると思われる)体の大きな男たちが村人を押さえつけてなにかを注射していた。
もうすでに注射されてしまったらしい人々はみなぐったりとしていた。奥の方に居る人々はまだ無事のようだ。
大男は俺たちの姿を見ると注射される寸前だった村人を投げ飛ばして何処かへと走り出した。追いかけようとすると、突然辺りが眩い光に包まれて、前が見えなくなった。とっさに目を庇っている間に逃げられてしまった。
「クソッ!」
「クリスさん、この男性意識があります!」
「おい、大丈夫か!」
投げ飛ばされた村人らしき男性は自分が村長だと言った。彼は幸いにも軽傷で済んだようで、俺たちにこの村の現状を教えてくれた。