box02 | ナノ


がらり、と病室の引き戸が開いて、誰だろうとそちらを向けば、大好きなのっぽの人が立っていた。今日もお気に入りのジャケットを羽織っている、そうか、病院の中庭に立ってる木もみんな丸裸になっちゃったんだった。早いなあ、わたしがここに入ったときはまだ赤く色付き始めたぐらいだったのに。

「体の調子はどうだ?」
「レオンさん。」

唯一わたしのお見舞いに来てくれる人、レオン・S・ケネディさん。
わたしのお父さんとお母さんは街で起こったバイオハザードに巻き込まれて死んでしまった。お父さんとお母さんだけじゃなくて街にいた人みんなが被害に遭った。
人だった化け物が溢れた街にはミサイルが撃ち込まれて、殆どの人が死んだ。
その時、わたしもその街に居た。お父さんとお母さんに逃がされて、街を走り回っているところをレオンさんに保護されて生き延びた。聞けばあの街出身の生存者はわたしだけだったらしい。

街から脱出したあとメンタルケアを理由にこの病院に入院している。たくさん検査をしてわたしはウイルスには感染していなかったらしい。少しだけ安心したあとにチクリと何かが胸の辺りを刺す。わたしだけ生き残ってしまった。そう思うとなにも出来なくなる。手がふるえて、たちまちあの日のあの街に立っているような、そんな気分になる。今でも鮮明に覚えている。うめき声と銃声と、鼻をつく嫌なにおい。ああ、だめだ。ごめんなさい、わたしだけ生き残ってごめんなさい。


「大丈夫か?」

不意に手にあたたかい感触、そこで深呼吸。大丈夫だ、ここは、あの街じゃない。わたしは助かった、目の前に居るレオンさんのおかげで。
レオンさんの手は魔法の手だ。あの日わたしを助けてくれたし、今はこうしてわたしを安心させてくれている。大きくて、毎日戦っているのに綺麗な手。ずっと繋いでいたくなる、そんな手。

「ごめんなさい、考え事してました。」
「…」
「眉間に皺が寄ってますよ。」
「…寄せたくもなるさ。」

だめです、かっこいい顔が台無しですよと眉間をさすっても効果なしだ。まあ、かっこいいから何してもかっこいいんだけど。でも出来るならいつもみたいな穏やかな顔が見たい。

「まだ、怖いか?」
「思い出すときはあります。」
「俺は来ない方がいいか?」
「それは嫌です。来てくれなきゃ嫌です。」

ぎゅうと彼の手を握る。

「レオンさん、またモデルになってもらってもいいですか?」





「毎回思うんだが、俺を描いて楽しいのか?」
「はい。」

即答して、わたしはベッドの横に置いていたスケッチブックを取り出す。真っ白なページを何枚か捲って、お目当てのページにたどり着く。
わたしは絵を描くことだけは得意で、逃げるときもスケッチブックを抱えて逃げていた。中にはお父さんとお母さんを描いたページがあったから。
絵を描くことは好きだ。頭を空っぽに出来るから。難しいことは何も考えずに、目の前のものや人を見つめて、それの形を紙に描いていれば時間が経つから。その時だけは自分がどんな人間であるか忘れられるから。
レオンさんは背が高いし、顔もかなり整ってるし、素敵なモデルさんだ。
今日中に鉛筆での下書きが終わればいいな、なんて考えた後に深呼吸。頭を空っぽにしてレオンさんの形を紙に写し取る。

色を塗るとしたらどの絵の具を使おうかな。髪の毛、髪の毛は黄色とどの色かな。
レオンさんの髪の色は秋の日差しに似てると思う。目は夏の草の色かな、もっと暗いかな?
楽しい、な。

「どうした?」
「え?」
「幸せそうに笑ってるから。」

そうやってれば可愛い。と彼は悪戯っぽく笑う。
その表情にどうしようもなく心惹かれている自分が居ることに気付いたのはいつ?多分、この病院に入院して、初めて彼がお見舞いに来てくれた日から。
わたしはひとりぼっちじゃないんだと教えてくれた人。
わたしは多分この人のことがどうしようもなく好きなんだと思う。でも、それはけして誰にも知られちゃいけない。レオンさんにも、他の人にも、わたし自身にも。
わたしは幸せになっちゃいけない。なれない。だからこの気持ちに恋と言う名前をつけてはいけないのだ。

「あ、描けましたから動いて大丈夫です。」
「もういいのか?」
「はい、下書きが出来ましたから。あとは色を塗っていくんです。」
「そうか、見せてくれないか?」

どうぞ、と手渡すと彼はありがとうとスケッチブックを受け取った。とても丁寧な手つきで受け取ったそれに描かれている自分を、レオンさんは興味深そうに眺める。
目を伏せた彼の睫毛が長いことに気がついた。綺麗だ。見つめるのが怖くなっちゃうほど、綺麗。
ってわたし、もっと緊張するべきでしょ。他人に、レオンさんに自分の絵を見せてるんだから、もっと…

ぱたん、とスケッチブックを閉じる音。レオンさんはまたあの綺麗な手で、丁寧にスケッチブックを返してくれた。
怖くて、レオンさんの方を見れなくてずっと下を向いていたら、頭に温かい感触。ああ、魔法の手だ。

「綺麗な絵だと俺は思う。君の心を写してるみたいだ。」
「そんなこと、ないんです。絵はぐちゃぐちゃですし、わたしの心だって、」
「いや、綺麗だ。」

優しい目。きれいなきれいな目。何も言えなくなって、ただただ胸が締め付けられるような甘い感覚に襲われる。
彼の声は、言葉は、まっすぐわたしに刺さる。きれい、何もかもがきれい。

「ねえ、レオンさん。レオンさんは自分が好きですか?」
「ん?まあ、不甲斐ない自分に満足が出来ないことはたくさんあるが、嫌いじゃない。」
「そう、ですか。」
「家族がみんな事件に巻き込まれて死んじまったから、一時は自分は生きてちゃいけないなんて思ってたけど、死ねなかった。」

ああ、だから彼はこんなにも綺麗なんだ。弱い面も、強い面も全部自分だと受け入れたからそれが全部彼の綺麗なところになって出てきているんだ。

「君は。」
「え?」
「君は、君のことが好きか?」

好きじゃない、嫌い。汚いから。
家族がみんな死んじゃって悲しくて悲しくてしかたない。けど何処かでほんの少しだけ、生き残れてよかったと思う自分が居るのが嫌。汚いなあと思う。
嫌い、汚いから。わたしはレオンさんみたいに弱い自分を受け止められない。弱い、更に自分が嫌いになる。消えてしまいたいと思うけど、でも。
小さく小さく嫌いですと呟けば彼はちょっとだけ困ったような顔をしてから、また笑った。そしてわたしの手を握った。

「なら、君が君を好きになれるまで、俺が君を好きでいさせてくれないか。」
「な、んで…」
「人は誰かに好かれてれば死ねないからな。」
「レオンさ…」

じゃあ、また来るから。自動車のキーを指でくるくると弄びながら笑う。いつもみたいに頬に触れるだけのキスを落として部屋を出て行った。

ずるずると背もたれからずり下がって行く。絶対に今赤面してるよこれ!
決めたばっかりなのに、幸せにならないって、この気持ちに恋とか愛とかつけないって。ああもうレオンさんの馬鹿。好きです大好きです。
人知れず吐いたため息は部屋の隅に消えていった。
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