澄み切った青空の元、そこかしこで声を上げて、嗚咽を洩らしながらも泣く人々の声が聞こえる。

わぁああん…わぁああん…と生まれたての赤子の様に心を震わせて泣く様は、何処か母の胸に寄り添うような感覚をも覚えた。そっと自分の指先を頬に滑らせてみる。ああ、やはり私も泣いているんだという実感が湧いた瞬間に、私は今まで声も上げなかった事を不思議に思うくらいに大きく、大きく泣きじゃくった。

近くの人達も、幸せで、悲しくて、嬉しくて、多分みんな同じ感情を共有しているんだと何となく思う。ほら、この国バルバッドを変えて、闇を切り裂きうち晴らしたアリババでさえ、誰にも負けないくらいの大声で泣いてる。
ちょっと泣きすぎて酷い顔だな。こんなんじゃまたカシムに笑われちゃ―…、そうだ、カシムはもういないんだよ。自分で浮かんだ考えに何故だかおかしくなってきて、大粒の涙を流しながら笑った。



「カシムのばーか…大好きだよ…」



独り言のように呟いたそれは空で霧散し、バルバッドの水分の多い空気に溶け込んだ。さっき青い三つ編みの少年がルフと言っていた白い鳥が、太陽にきらきら光って一つの方向に飛んでいく。みんなの大切な人や、カシムとマリアムちゃんが、ルフの姿で来てくれた事を私は一生忘れない。
あれ?また涙が止まんなくなっちゃったな。まあ今はいいや、好きなだけ泣いて、ルフとして見守ってくれてるカシムに笑われないような、爽やかなこの澄み渡る空みたいな表情を見せてやるんだから。また大声で、私は泣き出した。



 ー ー ー



私が生まれたのは、このバルバッドのスラム街の隅っこの方だった。もちろんスラムに生まれたからには貧乏だけど、お父さんが無口ながらも私を大切にしてくれていたから私はそれでも良かった。近所の女の子や男の子達と遊んでいるうちに出会ったアリババと、それからカシムは本当に見てても飽きないくらい面白いと感じた覚えがある。

私は女の子だから、男の子達だけが遊ぶ所に混ぜてもらえないってワガママを言って、仕事で疲れていたお父さんを困らせていたっけ。でも、基本的に面倒見のいいカシムが、毎日影から羨ましそうに見つめる私を入れてくれた時は、もう空でも飛べるんじゃないかなって勢いだった。
思えば、あの時からカシムの事が好きだったのかもしれないな。



「……そういえば、アリババのとこのおふくろさんが亡くなったらしいな」



ある日ぽろっとお父さんが言った言葉が私は信じられなくて、私はカシムのとこまで小さい足を精一杯使って、走って行った。それで彼に恐る恐る尋ねてみたら、嘘なんかじゃなかったみたい。その時のカシムの顔、物凄く荒んでたもんね。

彼は私の頭を撫でて家まで帰してくれたカシムだけど、今にも泣き出しそうな彼の顔が頭から離れなくて。彼への恋を自覚したのはその時から。しばらくすると盗みを再開した所を見て危ないしやめたほうがいいよ、と思っても嫌われるのが怖くて言えなかった。

次の年に大流行した疫病の所為で、私のお父さんが天へと旅立ってしまった。悲し過ぎてもはや涙も出ない私を、カシムがザイナブやハッサンとかみんなの所に引っ張ってきて笑わせてくれた事もあった。私の温かい思いを甦らせてくれた本人は、満足そうな顔をしながら壁に寄り掛かってたなあ。



「なあ名前、霧の団に入らねーか」

「霧の…団…?」

「そう。下衆な国軍の奴等や国王、腐り切った金持ち共にギャフンと言わせるんだよ」

「……やだ、お父さんの事は忘れられないんけど、何か、違う気がするもん…」

「……お前なら、分かってくれると思ってたのにな」



スッと背を向けて歩いて行ってしまったカシムを追い掛けられない私は、ただその場に立ち尽くしているしかなかった。その後も霧の団の噂を聞くたびに、度々元スラムがあった場所に足を運んでしまう位には落ち込んでた私。だけど、ある日霧の団で頭領アリババが、王宮に乗り込んだ騒ぎを聞いた私は気が気じゃなかった。カシムはどうするんだろう。何もかもが終わった後、仲直り出来たらいいな、という淡い期待を抱きながら王宮の前に駆け付けてみれば、そこは文字どおり戦場と化していた。

嫌だよ、カシム。なんで終わったのにそんな事するの、ねえ。カシムが黒い魔神になった後も、ずっとずっと祈り続けた。奇跡が起こってほしいって。


「私は、何て無力なんだろう…」


アリババのようにカシムを救い出す事も出来ない。ほら、黒い魔神が崩れても、カシムは戻って来なかった。いなくなっちゃったの、仲直り出来てないのに、ごめんなさいも言えてないのに。

ピィピィ、と鳥の声が聞こえて、俯いていた顔を上げた。そこには探し続けていた彼と、マリアムちゃんの姿。笑顔で佇んでいる彼は、口の形を"ごめんな"と動かした後に、私の頭を撫でた。謝るのは私もだよ、カシム。もっと一緒にいてよ、と言っても困った顔をするだけで、うんとは頷いてくれなかった。

涙を必死に拭いながらカシムを見つめていると、彼はフッと笑った後にマリアムちゃんを向こうに向かせる。何だろう。そのまま彼はこちらへ近づくと、私の頬にひとつキスをして、ケラケラ笑いながら去って行った。
同じ背を見つめているだけの状況でも、こちらは嬉し涙と喪失感による涙が止まる事はなくて、憎まれ口を叩く暇さえ無かった。



「…絶対カシムよりいい男見付けて、私を早くキープしなかった事後悔させてやるんだから」



私は今、確かに笑えていた。









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