はぁ、と温めるように手に息を吐きかけた。手袋をしているからあまり意味がないように思える行為だけど、案外温かい。駅前はクリスマスのきらきらしい雰囲気と、待ち合わせをするカップルで溢れかえっていてこちらまで気分がうきうきとしてきた。スパルトスさん、まだかなあ。 忙しい彼がクリスマスに休暇が取れた、と連絡を入れてくれた時は、おもわずスマートフォン片手にベッド上で跳ね上がったのは記憶に新しい。 今日はなんの日だ?勿論イエス・キリストの生誕祭だよ!!と言った友達の事は置いておき、久しぶりに彼に会えるんだから、と頑張っておしゃれをしてきた。別に褒めてほしいとかじゃなくて、スパルトスさんの目に映る私が少しでも可愛くなって欲しくて、という理由。いやいやまあ褒めてほしいけども! 一人でじたばたしていると、肩をポンポン、と叩かれる。この骨張っているけどバランスの取れたきれいな手は、絶対に彼のものだ。「スパルトスさん!」と顔が緩むのを隠せずに振り向いたら、ほら、当たり!愛しい暁色の髪の彼がいた。ふたつ年上で、優しくて賢くて……とにかくチャームポイントが上げきれない私の自慢の彼氏のスパルトスさんとは彼のことである。 「名前、寒くはなかったか?」 「ううん、厚着してきたし全然ダイジョーブです!」 「それなら良かった。……服、とても似合っている」 普段よりも優しい声色で格好を褒めてくれるスパルトスさん。目元もやわらかに細まっているのが分かって照れくさい気持ちになる。 わあああ、クリスマスだからかな、いつも格好いいのに三割増しに恰好良く見える……!!黒いコートと白いマフラーのモノクロコーディネートもいい!私釣り合ってるのかな、と気になってしまった。 でも、うん。スパルトスさんがせっかく褒めてくれたんだ。クリスマスまでしょんぼりすることないし!私はふるふると頭を振り、気分を切り替えた。目の前でその様子を見守っていた彼は、そんな私を見てきょとんとしている。か、かわいい……!!ズキューン、という効果音がその時確実に私の周りに出ていたと思う。 気を取り直して、私はきょとんとしたスパルトスさんに行きましょう!と言い、彼の手に自分の手を重ねた。ああ、やっぱりスパルトスさんの手、冷えてる。待ち合わせ場所に来た時から手袋すらしてなかったから気になっていたのだ。彼はというと、いきなり繋がれた私の手にまたしてもビックリした後、フッと口元を緩ませた。どうしよう、今更だけど恥ずかしくなってきた!私の方が一本取られた気分である。照れたのが分からないよう、どっちでしたっけ?と言いながら、サンタの飾りがしてあるショーウインドウを通り越した。しっかりと手を繋いで。 ー ー ー 「わあああ……!!すごい!スパルトスさん、凄い綺麗ですよ!」 「……フフッ、ああ」 「あ!階段があった!近くで見てもいいですか?!」 私たちがてくてくと歩いて着いたのは、何百万個の電球が使われたクリスマスイルミネーションスポット。なんと、これは私が行きたいと企画したのではなく、スパルトスさんが連れてきてくれたのだ。あまり自分から積極的にスキンシップや甘い言葉を囁く事はしない彼が、こんな事をしてくれて涙が出そう。ただでさえ年下だから、彼から幼く見えることはしないようにしなくちゃ…!! けれど、スパルトスさんは先程からクスクスと笑ったままだ。まさか態度がもう子供っぽい?しまった!ガーンと衝撃を受ける。もうこの際、今日は気にしないことにする。 そうして手を繋ぎながら園内を回っていると、光のトンネルにたどり着いた。そこはとても幻想的で、まるで絵本の中から飛び出してきたかの様な景色。ふわああ、と間抜けた声が口から出てしまう。それにもスパルトスさんは、「気に入ってくれたか?」と嬉しそうにしてくれたから、私も二倍嬉しい。今日はこれだけでももう幸せなクリスマスになった。 「スパルトスさんスパルトスさん、」 「? 何だ、名前」 「今日は、私とクリスマスを過ごしてくれてホントに、ほんっとうに嬉しいです!!…これ、メリークリスマス!」 「プレゼント…か?開けてみてもいいだろうか」 「はい!勿論です」 ある程度園内を回り、そろそろイルミネーションの道も終わりに差し掛かった頃に私は鞄からある箱を取り出した。それは、スパルトスさんへのクリスマスプレゼントだ。見た目も良くて、機能的で、それでいて彼の役に立つもの――…彼への眼鏡を贈り物にした。 スパルトスさんは仕事の時や本を読む時だけ、眼鏡をかけているのだ。元々視力はそう悪くはないから、たまにしかかけないらしい。だから、そんなたまにしかない時でも私が選んだものを身につけてくれたら嬉しいなあ、という下心も含まれている。それはナイショだけど。 「これは…眼鏡、か?」 「はい!少しでも気に入って貰えたら嬉しいです」 「……私はこのデザインは、好きだ」 「……!!ありがとうございます!」 そう言いながら心の中でガッツポーズを決める。やったあ!!バッチリだった!そのリボンが解かれた細身の箱から、シャープなデザインの眼鏡を取り出して楽しそうに眺めている彼を見ると胸がほんわりと温かい。これが幸せってやつなのかもしれないなあ。彼の鮮やかな暁色の髪に、私が選んだものが同居するなんて、考えただけでも素敵。 そうしてぼうっとスパルトスさんを眺めていると、彼のほうも何やらがさごそと鞄から箱を取り出した。とても小さな、箱。私は良く分からないが、何故か緊張してくる。たぶんそれは、愛しい人からのプレゼントだからかもしれない。 私は「……開けてみてくれ」、と渡されたそれをそっと手袋をつけた両手で包み込む。しゅるしゅるとリボンを解き、綺麗なラッピングを取った。そうすると、上品でこじんまりとした小さな小さな箱が出て来て、その蓋を開ける。 ……中は、小さな真珠の指輪だった。きらきらとイルミネーションの光を受け、淡く七色を輝り(てり)返す乳白色のそれは、まさに特別な何かを私に感じさせた。がばり、と手元を見つめていた私は顔をあげて彼を見る。彼はといえば、焦る私はおかまいなしに微笑んだ。 「私の信仰している宗教では、真珠はとても神秘的で貴重な存在とされてきた。大事な意味の篭った贈り物にも使われる」 「はい、だけどスパルトスさん、これ、」 「実は、将来の予約のつもりなんだが、駄目だろうか。……名前、私と来年にもこうして、いや、これからもずっと過ごして…くれないか?」 私はその時点で既にウルウルと涙腺がばかになっていて、ひどい顔で泣いていた。……断るわけが、ないんだよ、スパルトスさん。こうして今日は、私の人生で一番の聖夜になったのだ。全ての人に、ハッピーメリークリスマス!!! |