「直ちゃん先輩!おはようございます!!」



朝ご飯も食べ終わり、十時くらいの時間になったのでお気に入りの服を着て、ちょっとレトロな雰囲気な外観のアパートをわたしは尋ねた。ここはわたしが通う大学の学生寮で、召し家壮。古めかしいけど温かみがあってとてもいい寮だ。つい最近買ったばかりの春物のぺたんこ靴を脱いで丁寧に揃えて、廊下へと上がる。

目的の部屋に行く途中に、寮の大家である物静かなサトウさんと擦れ違ったので軽く挨拶をした。いつ見ても思うけど、本当に米田先輩と似てるなぁ。髪型までそっくりだからわたしは双子説を推している。
そうこうしている内に、廊下の突き当たりにある扉まで辿り着く。前髪、乱れてないよね?軽く手櫛で整えながら、ゆっくりとその扉をノックした。そして冒頭に戻る。



「あぁ、おはようさん、名前ちゃん」

「直ちゃん先輩今日は顔色いいですね!嬉しいです!」

「そりゃあ名前ちゃんが来てくれる日やもん、シャンとしとかななぁ。その服よう似おとるで?」



ほんわりと間延びした柔らかい声と共に、目の前の扉ががちゃりと開く。そこには、髪色が桜色、目の色も綺麗な赤色の京都弁の男の人。彼こそが直ちゃん先輩だ。 二つの歳の差はあるけど、世間一般で言うカレカノのわたし達は、こうしてお家デートをするのである。

芸術家家族で育ったからアーティスト気質だけど日光が苦手な直ちゃん先輩のために、基本的にはデートは屋内。遊園地とかに行かなくてもわたしは直ちゃん先輩といるだけでハッピーだからいいのだ。直ちゃん先輩、そういえばさっきさり気なく服褒めてくれたな、と思い出す。わたしは鞄でニヤケている顔を隠しながら、手招きされるがままに直ちゃん先輩の部屋にお邪魔した。



「今日来てくれる言うとったから、ちょっと部屋片付けたんよ。どう?綺麗になっとる?」

「はい!綺麗になってます!直ちゃん先輩に手間掛けさせちゃってすいません…」

「そんな事あらへんで?可愛ええ名前ちゃんのためならへっちゃらやわぁ」



いつもは食品サンプルを作る為の道具や材料がそこかしこに置いてある室内は、比較的すっきりと整頓されていた。だぼっとした服に絵の具を付けた直ちゃん先輩が花のようにふんわりと微笑む。可愛いのは直ちゃん先輩の方です…!!と、わたしは網膜にしっかりとその笑顔を焼き付けた。焼き増ししたいくらいである。

蝋の匂いが漂っているので直ちゃん先輩は窓を開けて、わたしは鞄からDVDとコンパクトなDVDプレーヤーを取り出した。勿論二人で観るために持ってきたものだ。彼が好きそうな子犬と女の子のハートフルストーリー、喜んでくれたらいいな。



 ー ー ー



「いただきます」

「どうぞ!だし巻きは自信作です!」

「ほんまやなぁ、卵さん、焼き色も美味しそうやわ。ボク、お腹なってしもうたわぁ」



映画も見終わり、昼を回っていたのでわたし達は昼食を取る事にした。直ちゃん先輩がラストの方で不覚にも感動で泣いてしまったわたしの頭を撫でてくれたので、最後はドキドキで映画に集中出来なかった。

和食学科の二回生であるわたしは、直ちゃん先輩が作ってくれへん?と首を可愛く傾けながらお願いしてきたので二つ返事で昼食を作った。つまりはめろめろにされたのだ!某ゲームなら「▼なおちゃんせんぱい の メロメロ こうげき!」と表示されていたであろう。

パクリパクリとゆっくり咀嚼する彼は、本当に美味しそうに食べてくれるのでこっちが嬉しくなる。最後まで食べ終わった後は二人で洗い物をして、くだらない事を話してお茶を飲んだりして、時間は早く過ぎていった。



 ー ー ー



直ちゃん先輩と話していると、いつの間にか六時を回っていた。あ、結構経ってるなあ。彼が出してくれたあじゃり餅(という京都の名菓らしい)をもぐもぐと食べながら思う。そろそろ帰らないと、寂しいけど土曜日とはいえ遅いし、直ちゃん先輩の食品サンプル作りの時間を随分とこちらに割いてもらっていたかもしれないと申し訳なくなった。

もう帰らなくちゃダメかも。楽しい時間というのは勉強などの時間とは違いあっという間で、まだ離れ難いというのが本音だ。だけどわたしは彼の迷惑にならないためにも、目の前でお茶を飲んでいる直ちゃん先輩に話し掛けた。



「直ちゃん先輩。遅い時間になってきましたし、そろそろわたしおいとましますね」

「え〜…、そうなん?もう一杯くらいお茶のんでいかん?」



直ちゃん先輩がまたしても可愛く首を傾げた。うう…!やはり敵わない破壊級の美しさである。 そう、ですか…?なら、もう一杯だけ。と上げかけた腰をもう一回床に下ろすと、直ちゃん先輩がピク、と反応した気がした。気のせいかな?


結局その後から一時間ほど経ってしまい、只今午後七時。あちゃー、直ちゃん先輩といるの、楽しいもんな。そして今度こそ、と帰る事を告げるとまたもう一杯だけ飲んできぃ。と優しい声で言われて断り辛くなってしまう。ううむ。

少しわたしが迷っていると、後ろの扉からコンコン、という控え目な音とともに真面目そうな声が聞こえた。この声は大豆先輩だ。彼はこの召し屋壮の風紀委員と呼ばれる寮長的存在なのであった。どうしたんだろう?と思っていると、直ちゃん先輩が呼ばれているみたいで、それに気付いて彼が扉へ向かって行ってそれを開けた。



「卯野葉、夕飯は食べているか―…って、苗字くんじゃないか!もう時間が遅い、早く帰りなさい」

「大豆、眉間に皺寄っとるで?」

「卯野葉、お前は…。まあいい、ともかく早めに帰るように」

「は、はい…」



少しキツめの口調で言われたわたしは、まるで中学生が学年主任に叱られた時のように素早く準備をして、直ちゃん先輩に長居してごめんなさい。と謝る。直ちゃん先輩はというとほわほわと「大豆、あんなキツキツ言わんくてもえぇやんかなぁ?」と微笑んでいたので、わたしもふふ、と思わず笑ってしまった。

そしてわたしが部屋を出て、中で手を振る直ちゃん先輩に向けてじゃあまた、と言いながら扉を閉めようとしていた時だ。それが閉まり切る前に彼にしては速い速度で手首を掴まれる。じわり、とそこに熱が燻る感覚がした。



「あのな、ボクが住んでた県では"もう一杯お茶飲んで行かへん?"っていうのはな、"もう遅いで早く帰りぃや"って意味やねん」

「えっ…?!そ、そうだったんですか!?!図々しかったですよね…すいません……」

「ちゃうちゃう。ボクな、名前ちゃんとおると楽しゅうて、ずうっとおりたいなぁ、って思ってしまうんよ」

「はい…」

「やからな、早よ帰ってもらわんと、名前ちゃんあんまりにも可愛くて帰したくなくなってまうからそう言ったん」



はい、と神妙に相槌を打っていたわたしだけど、直ちゃん先輩の言った言葉をよく噛み砕いて理解したあと、全身の血液が沸騰したように思った。捕まれた右腕が、熱い。

普段から耳にすうっ、と浸透する心地の良い声が近くて、耳まで絶対に赤くなっているだろうと感じる。そして極め付けに一言、ぞくりとするように低い声で耳元で囁かれたのは、わたしの頭を溶かすには十分だった。



「キミはボクの事、優しいと思っとるみたいやけど違うで?男はみぃんな狼さんやから、気ぃつけえや?」



茫然とするわたしを余所にほな、またなぁ。とほほ笑みながら手を離して扉を閉めてしまった直ちゃん先輩。腰が砕けた、という表現通りにヘナヘナと情けなく扉の前に座り込んだわたしの後ろから、苗字まだいたのか!早く帰りなさい!という大豆先輩の声が聞こえていた。

そんな声はわたしの耳で右から左へ流れて、どこかへ行ってしまっている。ああ、しばらく顔を合わせられないな、と予感するわたしがいた。









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