「…この惨状は、一体どういうことですか?苗字さん」

「あは、あはは…」

「仮にも花連雀調理大学に通っている生徒が調理場をこんな状態にしていると…なるほど、二酸化炭素でも吸ってて下さいませんか?」

「ごめん!ごめんって林くん!すぐ片付けるからあああああ!」



この全国でチョコレートの消費量が一年で一番多い日、バレンタイン。花連雀調理大学に通う洋食学科二回生の苗字名前は、只今説教タイムなうであった。

今日は普段から大学で学んでいる調理技術を存分に発揮して、本命チョコを作ろうと張り切っていた。思っていた通り、洋食学科としてテンパリングなんてお手の物、調理用温度計を使って五十五度で溶かし、二十八度まで下げながらツヤを出していく。滑らかになっていくチョコレートの表面からは、甘い香りが匂い立ち、お腹が空いてきた。

これ、中々いいんじゃない?と、名前はいい気分になり、更に気合いを入れてその作業を終えた。だが、そこまで気合いを入れたチョコを渡したい相手とは一体誰なのか、その相手とは、同じ大学の同じ学部の同回生、林流宇であった。

顔立ちが元々整っている彼は、同回生の中でも熱烈な人気を獲得している。この前の文化祭では、ミスコンで優勝していた程だ。因みにわたしはその時に彼が出ていた事を初めて知った。くそう、あの子達林くんを勝手に申し込みやがって…!出し抜かれた、と敵意の炎をめらめら燃やす。あ、話ずれてるずれてる。



「何を作っていたんですか?と聞きたいですが、大体把握出来ました」

「ハイ…バレンタインチョコです…」

「…ふうん。取り敢えず、キッチンを片付けて下さい。早急に、一秒でも早く」

「い、イエッサー!」



事の始まりは、今日の夕方に遡る。わたしはチョコを作り始めて一時間くらい経った頃、チョコレート・ボンボンを完成させた。ほんのり薫るラム酒がいい匂いだ。もちろんラッピングまで済ませて。中身のチョコは我ながら上手くできたと思う自信作である。トリュフの定番のココア、他に抹茶とコーヒー味を用意したこれらを冷蔵庫にしまい込んだその時だった。

そうだ!今なら大分いい感じに作業進んでるし、たまには和食を作るのもいいかもしれない。そう思い立ったわたしは、本格的な和食を作ってみようと決めたのである。無謀にも、洋食学科のはしくれの分際で。

結果は大失敗。普段洋食しか作ってないのによくやってみる気になったものだ。鍋はぐらぐらと煮立ち、グリルからは焦げ臭い匂い。ここでわたしは、緊急に応援を呼ぶ事にしたのだ。そう、林くんという応援を。



「僕も、貴方のフランス料理の腕前を認めています。だから、あまりこんな無茶はしないで頂きたいですね」

「ごめんね…、いきなり呼び付けて一緒に片付けてとか最悪だよね…」



あそこで調子に乗らなかったら林くんに迷惑を掛ける事もなかったし、わたしも彼を失望させる事もなかった。ショック。
わたしは、どちらかというと同回生の他の女子よりは、林くんと仲のいい自信がある。それは共通の友人でもある米田くんがきっかけだ。彼の人当たりの良さで、林くんを紹介してくれ、それ繋がりで彼らの住む召し家壮も連れて行ってくれた。米田くんほんと優しい、ありがとう米田くん。

まあそれはさておき、携帯電話で連絡をして、来てくれる位には仲は悪くないのだ。そして冒頭に戻る。云々かんぬん。

グリルから焦げた魚を取り出し、水で洗いながら焦げを落とす。林くんはというと、その白くて美しいお手で丁寧に台を拭いたり色々していた。ほんとに、彼のお兄さんである辛澤さんとは正反対の性格だ。



「ボーッとしていないでシャキシャキ働いて下さい。ほら、ここ、まだ汚れが落ちていません」

「あ、ほほほんとだ!ありがとう林くん!!」



わたしがグリルと悪戦苦闘していると、わたしを注意した林くんが、急にこちらに寄ってきた。え?!、と動揺するわたしを尻目に彼は、まだ汚れが落ちてない箇所を教えてくれただけだった。…何だ、びっくりした。

彼のパーソナルカラーでもある深い紫のくせっ毛(本人はお洒落パーマと思われている)が、わたしと近づいた事のない距離まできたから、ついどもってしまった。わたしの馬鹿あああああ!これはむしろ役得じゃないの馬鹿!!と自分を叱咤激励しながら、その後ずっとゴシゴシとグリルを擦り続けた。



 ー ー ー



「で、出来たーー…!!」

「お疲れ様です。まあ、元々苗字さんの自業自得なんですけどね」

「おっしゃる通りです林様ありがとうございます」

「それは分かりました。ではお詫びに、貴方のチョコレートを下さい」

「え?!何で知ってるの?」

「そこ、ラム酒と銀紙があるでしょう。多分チョコレート・ボンボンだろうな、と」



細く均整の取れた指先で指し示した方向にあったのは、今日まさに使ったラム酒とチョコレート。流石すぎる観察眼だ。だけど、彼がわたしのチョコをお詫びに欲しがるなんてどうしたのだろうか。大して美味しくもないはず。

わたしのそんな視線を感じ取ったのか、彼は軽く息を吐いて、こう言った。



「仕方ないから、貰ってあげますよ」



こう言った彼の顔はこれまで見たことがないくらい優しげで、ドキドキしていた心臓が死んじゃうんじゃないかってレベルまで仕事を始めてしまった。彼にはわたしの気持ちなんてお見通しみたい。
まだ、ラム酒も何もお酒飲んでない筈なのにな、と上の空で考えたのは、とても的外れでどうでもいい事だった。









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