リビングのカーテンから今日の天気を確認する。今日も厚い雲に覆われた空は、どんよりと暗く澱んでいた。プラスつい先々週に日本列島は梅雨入りしたということもあり、じめじめとした季節がわたしに二度目として訪れたのだ。一回目は勿論、わたしのいた世界の時。
おもわずフゥ、と溜め息をつく。いくら前向きに考えようとしたところで、毎朝起きて、人の気配がしない家の中で顔を洗い、ご飯を食べ、行ってきますを言う。今まで当たり前にあると思っていたものが突然なくなるというのは、想像以上にわたしにダメージを与えていた。まだココナッツがいるからマシなだけだ。


いけないいけない。やはり曇っている日や天気の良くない日は余計な事を考えてしまう。早く梅雨明けしてくれないかな…!わたしは頭を振って気分を切り替え、足元に寄ってきていたココナッツを抱き上げてから、登校までの時間を過ごした。



 ー ー ー



「おはよう、花京院くん」

「………」

「二週間前、わたしが友達になりたいって言ったこと、覚えてくれてる?」

「…………」

「きれいな緑色の傘だよね、それ。花京院くんその色好きなの?」



今日も今日とて夕日の髪の彼はわたしに大して素っ気ない。あれから大分時間は経っているが、毎日挨拶をしても、質問攻めにしてみても反応は何一つナシだ。傘叩き付けおこ事件から相当お冠のようで、徹底的にわたしを居ないものとして扱っている。……お姉さんは…悲しいよ…。隣に追いつきながらもフッと哀愁を漂わせる。

あ、そろそろそこの角を曲がったら花京院くんの通う小学校だ。他の生徒の子とあまり会いたくないのか、偶然集団登校をする生徒が近隣に住んでいなかったのかは分からない。彼が早く家を出て、一人で登校をしているのをわたしは知っている。だけれど、そのお陰で会いやすいのは確かだ。
三…二…一…はい、ここでいつもタイムアップ。角を曲がればわたしは早くに登校してくる一人の中学生として中学校に向かわなければならない。まあ小学校と中学校では大分差があり、早く登校してくる子…部活の朝練のある子などがいるのでぼっちでの教室待機にはならないから良かった。何が悲しくてぽつねんとしていなければならないのか、いや、しなくてもいい。



「あ、ここでお別れだね。花京院くんいってらっしゃい!」

「………」



角にたどり着き、黒いランドセルと若草色の傘を携えた花京院くんは、こちらをチラリとも見ることなく正門の中へ消えていった。あまり追い掛け過ぎて同級生に見られてはショタコン疑惑が立ちかねない。間違ってはいない…のか?二次元に限って。ボンヤリとそんな事を考えながら、少しばかり足早に中学校への通学路を歩いた。







「おっはよーん、なまえ」

「あ、おはよーさっちー」



教室の自分の机で朝練上がりの友達と喋っていると、このクラスでわたしと同じグループの木村智里ちゃん、ニックネームさっちーが登校してくる。精神年齢的には歳の近い妹を見ている気分になってくるが、それはそれで接しやすくて助かるというものだ。因みに、さっちーはさらさらショートカットのバレー部である。

うちの学校は制服がセーラーで、校則は厳しめ。バリバリ勉強と言うほどでもないけれど、他の中学と比較的頭がいい方の学校だ。わたしは転入生なので、委員会には入らずに楽をさせてもらっている。その代わりと言ってはなんだけど、元の世界で培った中学教育の知識はしっかり活かして上位を目指しているから許してくれるだろう。
周りの子達もみんないい子で、分け隔てなく接してくれるので凄く過ごしやすい。お金にも困らないし、家族がいないストレス諸々を除けば、不便な事もない。


――それが逆に、怖い。


何でわたしはジョジョの世界にトリップする事になってしまったのか。何か理由、若しくはわたしが"達成しなければならないこと"があるとするのだろうか。

だとすれば、仮にだ。わたしの"達成しなければならないこと"が情報を手に入れて、なんとかして元の世界に戻るということならばわたしは諸手を上げてあちこちを飛び回るだろう。けれど、もし、それが何か別の事ならば―?


わたしはそこまで考えて、その先を考えたくなくなり思考を中断した。それよりも、さっちー達仲良しグループとのお喋りに意識を向けた。考えすぎても仕方が無い。
…んん? 気が付いて目の前をよく見てみると、美術部副部長の友達、ナカちゃんがわたしの机に変な落書きを量産していた。ちょ…ちょ……ちょ…………。



「笑わすなああああ!!ひ…ヒィ………!!!」

「なまえちゃんが悪いんだぞー!私を!この私を無視するから!!」

「ご…ごめんって……!!マジやめてそれ腹筋崩壊だからねえナカちゃん」

「分かったよ〜…。…ただし、今度やったら…ワシは容赦せぬぞ、なまえよ…」



キラーン、という効果音がつきそうな表情でカッコつけるナカちゃん。ダメだわたしもう腹筋もたないクッソ!!ヒィヒィ言いながら爆笑するわたしを見て、さっちー達がなまえ笑いすぎ〜!と笑いが感染している。そしてそれを見て更に他の女子も笑う。わたしのクラスは、天気が良くなくても明るい雰囲気に包まれている。こんないい子達がいるからこそ、わたしは救われているんだ。ありがとう。


笑いに包まれた教室の中で安堵感に浸っていたわたし。その時ふと、不意に小学校の方が気になって窓の外を見た。住宅街の中に紛れる白は、鉛色の空に囲まれて今にも泣き出しそうに思えた。







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