花京院少年と出会った翌日、リビングでココナッツにごはんを与えながらわたしは悩んでいた。無論朝ごはんはパズーの目玉焼きパンにしようかはちみつトーストにしようかとかそんな悩みではなく、花京院少年とどう関わろうかという事である。最近はちょっと抜け道を使っても目的地にたどり着けるくらいにはこの辺りの地理に慣れたわたしだが、今日から関わっていこうと決めた相手、花京院典明の家なんか知るはずもないのだ。

ごはんを食べて欠伸をしてご満悦なココナッツさんと対照的に、わたしは悶々としてトーストをかじった。



 ー ー ー



しっかりとココナッツの水と食べ物を用意したわたしは、玄関先で可愛らしく見送りをしてくれる彼をひと撫でする。やっぱりココナッツはかわいい。左右にちぎれそうなくらいの勢いで尻尾を振るところを見ると、学校に行くのが億劫になるレベルだよ、うん。

そんな事を言ってばかりでは遅刻してしまうので、名残惜しいけどいってきます、と彼に声を掛けて玄関の扉を開ける。わ、今日は曇りか…。ここ数日で購入したばかりの水玉模様の傘を傘立てから出す。梅雨はジメジメするのであまり好きではない。暑いの、ダメゼッタイ。
鍵をガチャリと閉めて、夏服のスカート丈を確認したとき、近くの家から扉を開く音がした。今日はちょっと早めの時間だから小学生かな?と予想してみる。音を確認出来た方向を見ていると、はす向かいの綺麗なお家から出てくるみたいだ。いいなあ…うちとは違って豪邸だ。トリップしても見た目も何もかも変わらない築二〇年の我が家を見上げ、出てきた人の顔………を……。


唖然として言葉を失うわたしの視線の先では、正に家をどう探そうかと悩んでいた花京院少年が歩いていこうとしているのだった。まさかの、はす向かい?石像になったかのように玄関先で視線だけを送り続けていると、向こうもふ、とこちらに気付いたらしい。ここは、行かなくては。 わたしは逃げられる前に彼のもとへ向かっていった。



「おはよう少年!昨日ぶりかな?」

「………」

「名前、花京院くんって言うんだね。昨日これ、落としてたよ。確かこれってランドセルにつけなきゃいけないんだよねー」

「…………どうも」



今日の天気に気づいて持ってきたであろう子供用の傘を掴みながら、花京院くんはわたしと出来るだけ話すまいとするように早歩きをする。小学生って案外速いよね…、中三の時の体型、体力に戻っていてよかったと心底思った瞬間だった。

対して真顔に近い表情の花京院くんは、わたしが差し出した名札をパッとひったくるように受け取ると、そのままわたしを無視してすたすたと歩き始めてしまった。 え、と固まるわたしを余所に、小学校があるだろう方向へ遠ざかっていく黒いランドセル。幸いな事にわたしの中学がある方向も同じだ。というか、小学校と中学校までの距離が自転車五分の位置だから実質離れていない。ラッキー…!

わたしはさっきのツンな態度をものともせず、走って彼の隣に並んだ。背がわたしよりも小さくてつい頭を撫でたくなるけど、子供の頃の花京院くんは確か他人を受け入れようとしない性格だったと見たことがあるので、我慢しておく。というか振り切ろうとするように速く歩かれているので無理だ。
なんとか話し掛けながら隣を無理に歩いているときに、こっそりと昨日の膝の怪我の部分を見てみた。お母さんがしてくれたのかな?清潔そうなガーゼがテーピングしてあって、とても愛を感じた。



「花京院くん、速い、ね!いやーお姉さんもう歳、かな!」

「…………ッ、何なんですか貴方は!」

「最近引っ越してきた近所のお姉さん、です!忙しくて挨拶周り出来てなかったんだけど、まさか君がご近所さんとは思わなかったなー」



しつこく着いてくるわたしに痺れを切らしたのか、傘の先を道路にカツンッ、と叩き付けるように怒った花京院くん。まぁこんだけしつこくちゃねぇ、自分の帰る為、という理由もかかっているのでわたしは分かりながらも引けないのだ。花京院くんの少年時代の事を知っているのに、スタンドの見えないわたしが話しかけてくるんだもんね。そう考えながら、自嘲めいた笑みを内心浮かべる。


……だけど、ここで諦められないから、ごめんね。さて、相当「おこだよ!」でいらっしゃる花京院くん。ここはどう言うべきだろうか。ううむ。 わたしは考えた末、少ししゃがんで彼に目線を合わせ、こう言った。



「わたしね、こっちに引っ越してきたばかりで、近所に友達が全然いないんだ。寂しくって寂しくって! だからね、昨日君と会ったのは何かの縁。わたし、花京院くんと友達になりたいの」

「……………………、」



わたしがちびっこ専用一〇〇%スマイルを浮かべてそう言うと、花京院の表情がもっと固まる。目付きが一瞬苦しげになったかと思うと、怒ったようになった。 そして何かをいいたげに口を開けかけて閉ざし、昨日見たように走って行ってしまった。あららー、やっちゃったよなぁ。

小さく遠くに行く緑色の傘と黒いランドセルを見ながら、わたしは白く塗られた空を見上げた。







7





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -