「あっつい…………ずっと雨も嫌だけど……」
梅雨前線が去り、ジメジメとした特有の暑さが日本列島へとやって来た。まだ六月だというのに、初夏どころではない気温。学校が終わり、わたしは暑いのが嫌いなので帰路をうんざりとしながら足を進める。
…はぁ、体力さえあれば家までダッシュするんだけどなあ。アイス食べたい。頭の中でやりたい事を考えつつ、以前より重くなった体重を恨めしく思った。その角を曲がりさえすれば二軒目がうちだ。太陽がジリジリと差すように光を放っているのが分かる程に、アスファルトの地面は濡れた様に輝いていて。
「…ただいま」
「おかえりぃ〜なまえちゃん!」
「キャンキャン!」
「お母さん…ココナッツ…元気過ぎじゃあないかな」
自宅に到着し、玄関のドアを力なく開けるとパワフルすぎるお出迎えが登場した。このふわふわおっとり母さんには我が子を育てて十数年なんだから、わたしの帰宅時のテンションを察してほちぃ。あ、間違えた、欲しい。
暑さで頭のやられたわたしは、愛犬のシーズー、ココナッツを構いながらリビングへと入る。夕方とはいえ暑いというのに冷房さえ効いていないとはどういうことか、熱中症になるぞ。スクールバッグを夏用のカーペットの上に放り出し、乱雑すぎる事に気付いてきちんと直す。きっちりしてるわねぇ〜なまえちゃん、という声を軽く流しながら、冷凍庫のドアを開けた。
「えっと…あ、あった、ガリガリさんソーダ味」
「なまえちゃんアイス食べるの〜?言ってくれたらお母さん、腕によしを奮ったのにぃ」
「お母さん、それなら腕によりを、じゃないかい」
「一文字だから大丈夫大丈夫〜!」
「…うんそうそう」
いつもの調子でぼけをかましているお母さんを華麗にスルーし、足元で可愛くわたしの後をついてくるココナッツに癒される。ばりばり。ガリガリさんの袋を開け、スクールバッグを肩に掛けて階段を登る。階段つらい、ココナッツ速い。
漸く階段を登り終わったら、視線。誰からか分かっているわたしは、その視線の主に向かって声を掛ける。
「ただいまー、美奈、涼」
「おねえちゃんおかえりいいぃぃ!」
「ねーちゃんおかえり!!」
高校二年のわたしと違い、歳の離れた小学生の弟と妹は、声を掛けると直ぐ様わたしに駆け寄りタックルをかましてきた。おうふ。強くなったねマイシスターアンドマイブラザー。そんな姉の帰宅時に毎回タックルをする姉弟だとしても、わたしは二人にめろめろなんだけどね。うちの弟妹可愛い。
取り敢えずこの重いスクールバッグを置くために二人を一旦剥がして、頭を撫でて自室へと入る。ばたん、部屋の扉を閉めてベッドに飛び込み、ガリガリさんの最後の欠片を口に放り込む。ごちそうさまでした。
あーあ、また食べちゃったよ。どうすんのわたし、最近体重六十キロ間近とか最高にワロエナイ状況だよ。わたしの部屋の壁で、イケメンスマイルを浮かべている好きジャンルのキャラクターからの視線さえも痛い。見てないって分かってるけど!!気になるよね!!!友達なんか帰ってから雪見だいふくにポテチ、じゃがりっこと夕飯とか超食べてるのに細身だもんなあくそう、羨ましい。
「バドミントン続けときゃ良かったかな…だって練習きつかったしなあ」
まるで独り言のように呟き、すぐに耳側に向かって頬の皮をぎゅーっと伸ばす。ダメダメ暗くなる。取り敢えずココナッツの散歩にでも行って食べた分のカロリー燃焼しよう。わたしのデスクの上できれっきれにポーズをキメている某上下車掌フィギュアにいってきます、と言い、部屋を出た。
ー ー ー
「…といっても、そんな簡単に痩せられないよねぇ…」
「キャン!」
フワッフワの毛並みが麗しいココナッツのリードを持ち、夕焼けの道に言葉を吐き出した。だってココナッツの散歩とかだけで痩せられたらわたし毎日行くわ。いや、毎日行ってるけど。もうそろそろ日が沈むというのにわたしとは対照的にまだまだ元気ハツラツゥ?なココナッツさんに尊敬の眼差しを向けた。
今歩いている所は、大体田んぼに囲まれているので人通りはまばらだ。それをいいことにリードを離すと、ココナッツがあっちゃこっちゃに行っては草を鼻の頭に付けたりしている。可愛い……!!わたしの天使なココナッツは何をしても可愛い。ほんと何をしても可愛い。大事な事なので二回言いました。
「…でも、このヤバい体重を中学時代くらいまで戻せたら結構危険な事してもいいかも、なーんて」
「クゥン?」
「ん?あ、ココナッツ鼻にホタル付いてる」
わたしが冗談のようにあり得ない願望を言っていると、ココナッツが変な鳴き声をあげた。いや、可愛い。よく見てみると、先程まで土手の草でモソモソしていた彼の鼻に淡く点滅する光が。この辺は水が綺麗なのでホタルが見られるのだ。小学生の頃、よく学校行事やら家族やらでこれを身に来ていたのを思い出した。
もう七月になるから、見渡してみてもホタルの数は少ない。最後のホタルかな、今年も生まれてきてくれてありがとう。少し暖かい気持ちになりながら、そのホタルを手の平に乗せ、空に放してあげる。さあ、夕飯もそろそろ出来てるだろうし帰らないと。
帰りが遅くなるとなまえちゃんが!なまえちゃんがぁー!と煩い親バカな父を思い出し、わたしは元気なココナッツと一緒に夕闇の道を踏み出した。
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