食客や文官、軍人など様々な人種、家柄、地位の人が忙しなく行き交うシンドリア王国の王宮の一室。そこで問題は起きていたのであった。青々と空は澄み渡り心地のいい海風が入ってくるその部屋には、それに似付かわしくない空気が漂っている。その問題の発端は間違いなく、このほわほわしている少女ににやつきながら詰め寄る二人の男女である。



「で、なまえちゃ〜〜ん……」

「洗いざらい吐いてもらおうか…」

「スパちゃんとの進展具合をっ!!!」



びしり、と少女に向けて指をさした愛らしい小さなブロンドの少女。見た目にそぐわず実年齢は殆ど成人済みで王宮内に彼氏が何人もいるという八人将の一人である彼女、ピスティは今、とっても楽しくて楽しくて仕方がなかった。対する褐色の肌を惜し気もなく晒し出している八人将でもピカイチの剣術使いの男、シャルルカンもそれは全く同じであった。
何がそこまで楽しいのかというと、それはこの周りに花を飛ばしているようなホンワカ少女、なまえの交際相手にあった。


まあ人の恋バナは大抵楽しいものだが、この交際相手に限っては更に楽しい事になるのだ。その相手とは、八人将でも物静かで理知的な朴念仁、スパルトス。彼は祖国の教えとやらで酒も飲まず女も作らないといったお堅い性格なのだが、飲み友であるシャルルカンとピスティのためにとやっと酒を解禁したくらいである。

そんな彼が、もう一度言うがそんな彼に彼女ができたというニュースが八人将の間に知れた時はそりゃもう雷を食らったような衝撃を受けたものだ。



「"あの"スパちゃんの彼女だもんねぇ…なまえちゃんなら納得だよ」

「俺も。あンの堅物が普通に付き合えるワケがない!で、本題だよ」

「なまえちゃん…?キミはスパちゃんとどこまでいったんだい…?A?B?まさかのC?」

「ピスティちゃん……ABC?って何?」

「うぐぅ!!!眩しい!眩し過ぎるぅ!!!純粋なその目を向けるんじゃない!!!」



俺たちがどれだけ汚れているか露呈するだろおおおおお!とか言いながら目元を手の平で覆う彼らは、なまえから見てみると不可思議な行動をしているようにしか見えなかった。
暫しそんな大袈裟なリアクションをしていた二人が落ち着くと、気を取り直して先程の"ABC"の説明を始める。

ふんふんと軽い相槌を打ちながら話を聞いていたなまえは、話が進むと共に顔を真っ赤にさせ、最終的には茹でダコ状態になってしまった。その反応をいじりながらピスティは、(この初々しい反応からして…Aかな?)という予測をつけていたが、真っ赤になって俯く彼女から蚊の鳴く音程の声で発されたのは予想外の言葉。



「……………手を、繋いだ事しかありません………」



はぁ?、これをしっかりとキャッチした二人は思わずフリーズしてしまった。今、この子何て言った?

確かスパルトスとなまえの付き合いましたニュースから三ヶ月は悠に経っているはず。で?何故今手を繋いだことしかないという言葉が聞こえたのか。どうか空耳であってほしい。あの朴念仁でも流石にAくらいはいっているだろうと思っていたのに。震えそうになる声をどうにか落ち着け、さも恥ずかしいというように顔を赤くする彼女に聞き返してみた。答えは同じだった。



「これはいけない…非ッッッ常にいけない事態だよシャルくん!」

「はい!ピスティさん!」

「これを私達の手で…何とかするぞ!!」

「おうっ!!」



当事者であるなまえを置いてけぼりにしたまま、かくしてスパルトスとなまえちゃんをチューさせちゃおうぜ作戦は幕を上げたのであった。



 − − −



ちょうど彼氏であるスパルトスの仕事が無い天気のいい日、なまえと彼はシンドリアの商業地区を並んで歩いていた。いつも厳しい顔(本人は普通のつもりでいる)をしているスパルトスも目を細めて優しい顔をしながら、話したい事を花のような笑顔でほわほわと喋る彼女を見つめている。道行く人々はこの二人の関係など既に知っているため、孫に向ける様な生暖かい眼差しを向けている事に本人たちは気付いていない。

この目線の間を何も感じないで通り抜けつつ、二人は商業地区を抜け森林地区へ入った。サワサワと涼やかな風に揺られる木の葉の音と木漏れ日が心地いい。
そんな心落ち着く場所にいるというのに、なまえは今日一番緊張していた。それは何故かというと、ピスティ達に実行しろと言われた作戦をしなければいけない事からであった。その作戦を頭の中で反芻しつつ、さり気なくなまえは置いてあった切り株の椅子へと腰を掛ける。続いて緩慢な動作で隣に座ったスパルトスを確認すると、なまえは行動に出た。


「スっ、スパルトスさん」

「何だ?なまえ」


そよそよと海原からそよぐ風を感じながら二人でぼーっとしていたが、隣で美しい沈む途中の暁色の様な髪を風に遊ばれている彼を呼ぶと、直ぐにこちらを振り向いて口元に笑みを添えてくれた。

一瞬口籠もるが、どこかから見守るピスティちゃんとシャルルカンさんの応援もある。頑張れわたし!と気合いを入れ直したなまえは、自然に、いつも通り、と意識しながらほんわりとした喋り方で言の葉を紡いだ。


「きょ…今日は暑いですね!」

「そうだな。熱帯地方だからというのもあるが、今日はかなり暑い。…飲み物を買ってくるから待っていてくれ」


言いたかった事を言えた瞬間、なまえは成功を確信した。のだが、予想外の事態が起こってしまった。スパルトスが作戦の都合上次に自分が言うはずの言葉を言ってしまったのである。これでは本末転倒ではないか、とスパルトスを見送りながら彼女はがっくりとうなだれた。

一方、スパルトスに見付からないようにコソコソと樹の影に隠れたピスティとシャルルカンは、胸をときめかせながら二人の様子を見守っていた。しかし、飲み物をなまえに買いに行かせ、一杯しか買わせず間接キスにしちゃおうぜ!という目論見は呆気なく破壊されてしまったのだ。何という事だろうか!なまえちゃんがシャイだからと易しめにした作戦がダメだったのだから、次は最終手段しかない。


「…なまえちゃん、頑張れよ!!!」


顔をほんのり色づかせながらスパルトスにお礼を言う彼女に向かって、ピスティはそっとガッツポーズをしながら呟いた。



 − − −



今日は一日オフのスパルトスと共にデート中のなまえは、夕食を彼と共にとってから、すっかり陽も落ちて夜の闇に染められた街を散歩していた。遠く美しく透き通ったその空には、熱帯ならではの満天の星屑達が散りばめられ、何とも言えず圧倒される迫力がある。

ざっざっざっ、海辺を歩く二人の間には穏やかな雰囲気が流れていた。今日一日特に問題も無く、愛しいひとと共に過ごせたのだから当たり前の事かもしれない。前を歩く彼の私服姿を視界に収めながら、彼女はピスティ達の言った最終手段を実行するために考えていた。あぁ、やらなければピスティちゃん達の言う通り、わたしに何時まで経っても手を出してくれなさそうだもん。やらなきゃ。
遂に決心したなまえは、前方にいる彼の服の裾を掴み引き止める。自然と此方を向いたスパルトスの目を、しっかりと上目遣いで捕えた。



「ど、う、したんだ、なまえ」

「………」



焦ったように目線を少し泳がせる彼に何も答えず、ただ黙って潤んだ瞳でただ見つめる。頬は緊張と今から実行する事の恥ずかしさで紅潮し、どこか庇護欲をそそられる表情で。スパルトスはどぎまぎすると同時に、くらりとした。

なまえは、二人から故郷のしきたりが何だ!目線を捕らえたらこっちのものだ、そこですかさず目を閉じてじっと待ちなさい!というアドバイスをされたことを思い出し、そんな狼狽するスパルトスを余所にそっと瞼を閉じた。


じっと待っていると、目の前にいるスパルトスが息を飲む音が聞こえた。本当に、これで彼は手を出してくれるのだろうか。……キスを、してくれるのだろうか。なまえの胸中が不安に揺れたその時、スパルトスが自分の肩に、いつも槍を振るうしっかりした両手が置かれたのが分かった。どくり。なまえの心臓が煩く騒ぎだす。
そしてゆっくりと気配が近付いてきて、スパルトスの吐息が当たる程近付いた。これは、やったのかな。嬉しさと緊張が混ぜこぜになる脳内で、次にくる感触を待っていた瞬間だ。



「…ピスティ押すなよイッテェ…!」

「イヤイヤ見えないもん!あともうちょいだよシャルくん…!」



何処かからそんな声が聞こえた、しっかりと。ほんの数センチしか離れていなかったスパルトスの顔が、その声を聞いた途端バッと離れる。そしてスタスタと彼女達の声が聞こえた方角に行き、彼等を引っ張り出してきた。ちゅーさせちゃおうぜ作戦、最後の最後で失敗。首根っこを掴まれた二人が、申し訳なさそうに笑った。



「…で?私たちをどうにかするために、やっていたと言うんだな?」

「「ハイ………」」

「なまえもコイツらの馬鹿な計画など無視しておけば良かった物を…」

「………わたし、スパルトスさんと、もっと次に進みたかったんです。例えきっかけがピスティちゃん達であろうと、ずっと前から思ってたんです」

「なまえ………」



彼女の真っ直ぐで真剣な瞳に射抜かれる。嗚呼、自分の面倒臭い色々な事で不安にさせてしまっていたのかとスパルトスは今気付いた。すまなかった。と彼女に謝って、余計な二人を引き連れ四人で王宮へと歩きだした。

帰り道、責任の擦り付けあいをヒートアップさせて、かなり速いスピードで進んで行くピスティ達を見ながらゆっくりと歩くスパルトスとなまえ。先程迄の甘い雰囲気はあの二人に消し飛ばされたものの、穏やかな空気が二人を漂っていた。

なまえがほわほわとピスティちゃーんと呼ぼうとした時に、くん、と服を引かれる感覚。そちらを見れば、スパルトスがこちらを向いていた。どうしたんですか。そう言葉を発しようとした唇は彼のそれに塞がれ、発する事が叶わなかった。一瞬で離れていったというのに、永遠にも思えたそのくちづけは、ピスティたちにすら気付かれることなく二人のあたたかな秘密になったのである。









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