そわそわ、そわそわ。師走時の寒々しい空気に抗う様にエアコンで温められた自室で一人、落ち着きがなく勉強机の前に座って何かを待っている少女がいた。彼女は自分の部屋の中を行ったり来たりしながらも、可愛らしいデザインのカーテンを開けて外を確認すると、またそわそわと椅子に座る。

まだかな、などと一人で呟いて自分でハートのクッションをぎゅっと胸に抱き締めて悶えている彼女はそう、恋する乙女のそれであった。着飾り過ぎずに少しでも可愛い物を、と選びぬかれた私服のスカートがヒラヒラとシャーベットカラーを揺らしている下から覗くニーソックス、その絶対領域の間からほんの少し曝け出される白い脚は一般男子には堪らないだろう。


そうこうしているうちに、一階の玄関の方向からピンポーン、と軽快な音が響く。来た!彼女はすくりと立ち上がり、些か乱暴にドアを開けると一目散に階下へ駆け出した。玄関に辿り着くとちょうど母が応対するという所で、走ったため荒くなった息をその場で落ち着けた。深呼吸深呼吸。
玄関扉を開けた先にはいつも通り、さらさらとした温かみのある金髪に光を反射しながら、ヒーリング効果がありそうな笑みを浮かべてて母に挨拶をする人影があった。どくり。なまえの心臓はその姿を捕えた瞬間ロックバンドの様に盛大にビートを刻みだす。もう一回深呼吸、…よし。そしてなまえは平常通りの声をやっとの思いで絞りだした。



「こんにちは、アリババ先生!」

「おー!こんにちはなまえ」

「じゃあ今日も娘をビシバシ扱いてやって下さいね、先生!」

「もちろんです」



そう、彼はなまえの家庭教師なのである。因みに歳は18歳で大学生だ。彼は暫く母と談笑した後、首元にくるくると巻かれていた温かそうな赤いマフラーとコート、それから靴を脱ぐと、「苦手教科の数学をな」とカラカラと笑いながら玄関に上がる彼になまえはうへぇ、といった様子で眉を顰めた。

じゃあ行くか、と移動を促す彼の声にはっとして何回目かの自室へと彼を案内する。その間も最近どうなんだー?とこっちの気も知らないで暢気に質問するアリババ先生にイラァ…とするが、最終的にはときめいてしまう素直な心臓を叱咤した。そして部屋に着いて、ドアノブを捻ると途端に中から漏れ出た温かい空気にさっきよりは落ち着けたので、ゆっくりと中に入った。



「うおー!あったけー!陽当たりも良いしやっぱなまえの部屋いいよなー…」

「あははっ、先生の部屋大学の近くのアパートでしたっけ」

「そうなんだよこれがー…って、それよりも勉強するぞ勉強!俺もバイト代貰ってるしな!」

「はーい。アリババ先生そこは大事な生徒を最後まで育て上げたいとかじゃないんですかー?」

「あっやべ」



あっやべ、じゃないですよ先生!と少し怒った様に言ってみれば、先生があたふたと可愛く慌てだしたのでつい笑って私がかえって怒られてしまった。ちぇっ。

取り敢えず本来の目的である勉強に取り掛かる事にした私達。自分の鞄から眼鏡ケースを取出し、フレームの色が先生らしい眼鏡を掛けたアリババ先生が差し出したのが数学のテキスト。因みにこの眼鏡は勉強の時にしか掛けないらしい。そして好きじゃない数学に再びうへぇ、という顔になるが、先生の教え方はこれまで教えてもらってきて上手いと分かっているので文句は言わずに取り掛かる。

………、ここどう解くんだっけ。ある程度までテキストを解き進め、先生にオッケーを貰ったりしているうちに私のシャーペンを走らせる手が止まったのは大の苦手な微分積分であった。暫く私が問題とにらめっこしていると、夏の青空みたいに気分を爽やかにさせるアリババ先生の声が私の耳にしっかり届く。



「なまえ、ここは先に積分してから微分して与式を…」

「……あぁ!なるほどこう解くんだ…!」

「そうそう、よくできました」



問題が解けて思わず彼の方を向いた私にそう言いながら、にかりと歯を見せながら笑んだアリババ先生は、私の頭を優しく撫でる。彼の教え方とおんなじだ、と思わず思った。先生は私がいくら問題が解らなくて間違えても怒らないで根気強く丁寧に教えてくれるし、こうやって正解すると優しく頭を撫でてくれる。先生、これが私にとっていちばんのご褒美だって分かってやってるのかな。いや、アリババ先生の性格だからだろうな。

漸く頭部から離れたぬくもりに名残惜しく感じる私は、きっともう彼以外の教え方ではやる気の"や"の字さえ見せられない。密やかに大好きな人の貴重な眼鏡の横顔を見ながら、ふふ、としあわせな吐息を漏らす。こんな太陽にぽかぽかと照らされてるみたいなあたたかな日常が続きますように。そう願いながら、またペン先を私は走らせるのだ。



「なまえが問題解けた時の嬉しそうな顔って、犬みたいだよな。だからかな、絶対他の奴ではできないな」



別に深い意味はなく言ったであろうアリババ先生。うわあ、やられた。そういや服装意味なかったな、余計な考え事をしながら、私は赤い頬を彼から隠すようにして窓の外のお日様へと目を背けた。









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