「う〜!寒い!!」

「そうですねぇ、どこかに入ります?」



木枯らしがぴゅう、と吹き始めた頃。つまりは初秋だ。私と幼なじみの降矢三つ子の一人、竜持くんは街路樹の道を二人歩いていた。今日は私が買い物をしに行く予定だったのだけど、どうせなら歳上として小学生の彼らも連れてってやろうと思い誘ったら、なんと竜持くんしか来なかったのだ。

あいつら普段だったら絶対に私に何か奢らせる癖に私が太っ腹に誘ってあげた時に限って…!まあそんな事は今更どうでもいい。唯一これに乗ってきた竜持くんは、流石とでもいうか、何というか。私が所々で買い物をしている時も文句一つ言わずに、寧ろこっちの方がいいのでは?とかお薦めしてくれる始末。どこかの誰かとは大違いだ。

やはり秋になると日が短くなってくる、まだ六時だというのに太陽が沈んでいく直前。私が日が落ち始めた故の寒さに身震いをすると、竜持くんがどこかに入りましょうと言ってくれる。そうだね、でも門限とか大丈夫?と聞けば「母さんにナマエちゃんをしっかり送り届けなきゃ帰ってくるなよ?って言われてますから」と一言。



「えぇ?!竜持くん大丈夫だから帰りなよ!」

「大丈夫ですよ、僕としてもちゃんと送り届けなきゃ安心できませんから」

「だって、竜持くん小学生だから危ないし…」

「………少なくとも、僕の方がナマエより身長は高いですし、貴女の方が危なくないという保証がどこに?」

「あ、あー…、じゃあ、お願いします」

「はい。かしこまりました」



竜持くんたち降矢三つ子はいくらでかくて大人びてても小学六年生。高校生の自分がここは彼を安全な時間帯に帰してあげねば!と意気込んで帰りなよと言ったものの、何故かむぅ、とした後いい笑顔になった彼にあっさりとそれは論破され、その上言い返されてしまった。悲しく私の履いているチュールスカートの裾が寒い風に揺れる。

先程から私達が歩いている街路樹というのは、どちらかというと街の方にある大きな道路沿いの物なので、横を見ると煉瓦畳みの道路の向こうに車が走るのが見える。夕陽が沈む直前なので、いっそう輝きが強いが、どこか秋めいた空気に晒されて郷愁を醸し出していた。



「で、どこにするんですか?ナマエ」

「う〜ん…そう言われると悩むんだよね…」

「…じゃあ、スタバとかはどうでしょうか」

「ああ!!竜持くんナイスアイデア!早速行こう行こう!」



彼の出したいい案に私は目から鱗、そう考えたら早く行きたくなり、服屋のショッパーを持っていない方の手で竜持くんの片手を引っ掴む。足取りを軽くショートブーツで煉瓦畳みの道を踏み出せば、私が握っている手がゆるく握り返してきたような気がした。



 − − −



某コーヒーショップに着いて自動ドアを潜ると、暖められた快適な空気にほぅっと息が漏れる。落ち着いたインテリアと雰囲気にゆったりと店内に足を進め、二人で列に並んだら店員さんがメニューを渡してくれた。受け取った竜持くんはそれを開いて二人で見れるようにしてくれる。



「チョコレートモカフラペチーノ、抹茶ラテ…駄目だ…捨てがたいぞ、ぐぬぬ…」

「僕はエスプレッソラテでいいです」

「え?!竜持くん早い!ちょ、ちょっと待ってて選ぶから!」

「まだ順番は来ませんし大丈夫ですよ、ゆっくり選んでください」

「ありがとう…!良かった…」



メニュー表を一通り目を通しただけで即決してしまう竜持くん。早い!早いよこれはもう少し悩むべき所だよね?!と歳上という事を忘れ慌てて捲したてていると、竜持くんはにこりとお得意の笑みを返して落ち着かせてくれる。確かにこれは私の方が危なかったかもしれない、とさっきの事をふと思い出した。

結局私はキャラメルマキアート、竜持くんはエスプレッソラテを頼んで、オレンジのランプの下で待ってそれを受け取る。再び自動ドアを潜って通りに出たら予想以上の寒さだ。



「何これもっと寒い…!竜持くん何でそんな平気な顔できるの!?」

「僕、あまり寒がりじゃないんですよね。ナマエ大丈夫ですか?」

「コーヒーをカイロ代わりにしたらなんとか…!あ、美味しい」



寒さのあまり半ば叫ぶ形で聞くと、けろりとした顔で竜持くんが答えて手元のコーヒーを飲む。私も、と両手でカップをしっかりと持ちながらストローで飲んだ。キャラメルシロップとコーヒーが混ざってて美味しい。思わず顔がへにゃ、となった。

それを横目で見ていた竜持くんが、「へぇ、それ美味しいんですか?」と聞いてきたので私は頷く。私が特に気にせずそれをカイロ代わりにしていると、「じゃあ、味見させてください」と聞こえたかと思えば、グイッと腕が引っ張られてコーヒーのカップを持った手がそちらに行くのが分かった。



「………確かに、美味しいですね」

「で、でしょ?」

「はい」



びっくりした。いきなり腕を引っ張るもんだから何をするんだと思ったが、味見をするだけだったようだ。小さい頃から幼なじみとして過ごしてきた中で、降矢三つ子は私がこれなら流石に盗られないだろうと食べかけて残しておいたおやつまで遠慮もくそもなく食べていたので、飲み回しくらいなら普通の事だ。

涼しげな顔で微笑んでいた彼は、満足したのかどうなのかは知らないが、何か思案しているみたい。まあいっか。私がそう思いながら続きを飲んでいると、竜持くんが「僕のやつも味見、します?」と言ってくれたので二つ返事で頷いた。彼も回し飲みさせてくれるようだと期待して待っていると、スッ、と動いた彼は手元のコーヒーを差し出す訳でもなく、自分で何故か飲んだ。

え?くれるんじゃないの?とぽかんと私より十センチ程背の高い彼を見つめる。竜持くんはそれを飲み終わると、くるり、とこっちを向いて背中を屈めた。と同時に唇に感じる柔かな感触。



「んっ………?!」

「ん…」

「…………っは、ん…」

「…………っ」

「…〜〜!っぷは、っ、は…」



多分エスプレッソラテのものだと思うコーヒーの苦味が、竜持くん唇からほのかにした。そのまま彼は私の後頭部を押さえ、頭を引く私を逃がさずに角度を変えながら長い口付けをする。ん、とか息遣いしか聞こえないのが酷く恥ずかしくて、でも人通りが少ない場所のため、それが中断されることはない。

酸素が足りなくなってきて、私が彼の胸をドンドンと叩くと、あっさり唇が離れてくれた。ちょっとした酸欠の肺に酸素を取り入れるようにして息を吸っていると、脳が痺れているような気がした。対する私の唇を奪った竜持くんは、そんな私の事をじっと見ている。なにこれ、なんだこれ。



「…ナマエ、美味しかったですか?」

「〜…!」

「ご馳走様でした。僕は、じっくり味わわせて貰いました」

「何で…っ、こんな…!」

「貴女が好きだから、と言うしかありませんよね。すごく、可愛いかったですよ」

「訳わかんない…、ファーストキス、だったし…」

「…!その顔…すっごく、そそります」



いきなり奪われた唇、いきなりの告白に頭の中は混乱状態のまま、涙が流れそうになるのをぐっと堪えて言葉を発する。そうしたら、竜持くんがそんな事を言って頬に手を添えて顔を近付け始めた。でも何故かそこで抵抗しない私がいるのに気付く。

そして秋風の夜道で、再び唇がゆっくりと重ねられた。









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