「シン、おはようございます」

「ジャーファルか、おはよう」

「今日の衆議が終わった後は、白羊塔でそのまま目を通して頂きたい書類があるので、くれぐれも脱走しないようにしてくださいね?」



シンドリア王国の王宮、紫獅塔のその中でも特別なこの国の王、シンドバッドが使用する部屋にノックの音が響く。シンドバッドの朝は早い。なんせこの国の王であり、そして朝から晩までシンドリア王国を平和で豊かに発展させる為に政治をしなければならないのだ。

そしてシンドバッドの部屋のドアを朝早くからノックした張本人は、彼の従者であり政務官、一番信頼できる補佐のジャーファル。彼の性格は非常にこまめで、そして仕事の虫。脱走癖のあるシンドバッドを飴と鞭…主に鞭だが、それを上手く使いこなして主である彼に仕事をさせている。


そして今日の仕事というのは、何時もの様に文官達が執務を執り行う白羊塔で毎朝の衆議を済ませた後、そのまま王の許可を得るべき書類等に一通り目を通して貰う事だ。だが、その書類というのはきっと山積みにされ、全て終えるのには相当な時間がかかるだろう。咄嗟に面倒臭い、という表情をした主を、ジャーファルは全く笑っていない笑顔で嗜めた。



「あ…あの、ジャーファルくん?」

「シン、脱走なんかしてみて下さい。私の眷属器でどうなるか分かりませんから」

「ハイ……」



流石と言うべきか、脱走してしまおうかという考えが頭をよぎったシンドバッドを、微笑一つで牽制してしまった。そして当の本人の彼は何ともいえない顔で、その母の様な従者が部屋を出ていくのを静かに見守っていた。

さて、自分も着替えて朝食と、それから朝の衆議の支度をしなければ。未だに腰を掛けていた柔らかな寝具から腰を上げ、彼はゆっくりと歩きだした。



 − − −



シンドバッドは、一番上座の椅子に座っていたが、その上で大きく息を吐きリラックスした。そう、今日の衆議は、いつも掛かる時間の三十分早く切り上げることが出来た。その嬉しさと、やはり国の事を真剣に考えるのは頭を使うからだろう、その息にはそこからの休息も含まれている。

シンドバッドは、自分の傍で控えていたジャーファルを呼ぶと、ひそひそと内緒話をするように話始めた。



「なあジャーファル、今日は何か衆議がスムーズに進んでいた気がするんだが」

「ああ、その事ですか。きっと彼女のお陰でしょう」

「彼女?」



ジャーファルにそれを聞いてみた所、その文官服の袖から腕を出し、どちらかと言えば下座と上座の中間くらいに座る女の文官を指し示した。そちらの方をよく見れば、何やら巻物に必死に記録をとっている女が見えた。



「彼女の名前はナマエ。つい最近白羊塔に務めて来た、優秀な文官です」

「へぇ…優秀な、か。例えばどんな感じなんだ?」

「そうですね…この前あった予算会議などで、最低限の費用で次の町整備のお金まで割り振れてしまっていましたね。あれには私も驚きました」

「それは凄い!!俺の仕事も是非やって欲しいくらいだ」



提案してみた本人は冗談のつもりで言ったのだが、普段の行いがあまり信用度を下げているのだろう。ジャーファルはまた脱走しようとして、とドスの利いた声でシンドバッドの名前を呼んで牽制した。

そして、どうしても噂の彼女を見てみたい!というシンドバッドのごり押しに、ジャーファルは彼をナマエの元へと案内をした。シンには彼女の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい、と溜息を小さく吐きながらも、文官机でペンを走らせる彼女の近くへ辿り着く。



「やあ、おはようお嬢さん」

「!王よ!お早うございます!」



声を掛ければ、ペンを走らせていた手をぴたりと止め、彼女がこちらを見る。しっかりした性格なのだろう。彼女は相手が王だと気付くと、席を直ぐに立ち上がり、手を目の前で合わせる挨拶をした。



「噂は聞いていたよ、かなりの功績を上げているそうじゃないか」

「いえ、王程ではありません!私はまだまだ未熟者…実は貴方様に憧れて勉強をしているのです」

「ほら、シン。貴方に憧れてこんなに頑張る少女がいるんですから、しっかり仕事をしてください」

「あ、ああ…有り難う、ナマエ」



シンドバッドは、ジャーファルの軽い説教に珍しく生返事をした。彼自身分かっていなかったが、日の差し込む白羊塔で、自分に憧れていると、純粋な瞳で言い放った彼女から何故か目を離せなかった所為だと気付くのは、まだかなり先のお話。









人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -