煌帝国の屋敷の中庭、草が青々と茂っている上で、ごろりと宙に浮きながら寝転ぶ少年がいた。その少年の名前はジュダル。煌帝国の神官にして、マギという特別な存在ながらも、堕転して黒いルフを力とする者であった。
その特別な存在である彼は、只今とても退屈していた。御飯を食べる時も一人、周りの面白い練兄弟は皆忙しそうに各々の事をしていた為、ジュダルは構ってもらえなかったのだ。普段は次男の紅明などを弄ったり、長男で一番見込みのある紅炎と談笑したりするのだが、生憎今日は取り合って貰えない。
あまりの退屈さにジュダルは腕を伸ばし、大きく欠伸をする。平和そうにそこら辺で囀る鳥さえも、今の彼は軽い苛立ちを覚えた。何かいい退屈しのぎは無いか。暫くその態勢のまま思案していたジュダルは名案だ、とでも言うように飛び起き、口元に弧を描かせた。
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「おーい、ナマエいるだろー?入るぜー」
「げっ…ジュダル?今は武器の手入れ中だから後にして!」
「つれねーなぁ、俺らいちおーコイビトなんじゃねーの?」
「うっ…煩い!とにかく今は取り込み中だから!」
そう。彼が思い付いたのは、恋人であるナマエをからかって遊ぼうという案であった。武道一筋の彼女と、こんないい加減な性格のジュダルが何故恋人になったのかという話はまた今度にしておこう。
彼女の部屋に好物でおやつでもある桃を持って訪ねたジュダルは、やはり愛用の剣を手入れするからとナマエに一蹴されてしまった。だがそれだけですごすごと帰るジュダルでは無い、寧ろこの後に鬱陶しがる彼女をからかって遊ぶのが楽しいのだ。
そんな事を楽しみにしているとは露知らず。ナマエは自分の大切な得物を、祖国に対して功績を上げられたら、と一生懸命に手入れしていた。そしてふと手を休めたその時、何やら何時ものように部屋の中をふよふよと浮いていたジュダルが、自分の髪の毛を弄りだしていた。
「ちょっと…ジュダル今は邪魔!」
「オマエが俺に構わねーからだろ?」
「だから…!」
「ならこのおやつに持ってきたやつ一緒に食おーぜ!そしたら出てってやるから」
「…っ本当に?…分かった」
「はいはーいっと。これナマエの分な」
渋々、といった様子で承諾した彼女に、嬉々としながらジュダルは桃を数個渡した。煌帝国で採れた桃は淡いピンク色をしており、流石のナマエも腹の虫を鳴らせた。それを彼に大笑いされ、怒りながら怒鳴ると、あれだな、眼鏡みてえ!と言われ沸々と怒りが募る。
あれ、眼鏡って紅玉様の従者の夏黄文さんの事か、と気付いて彼女は怒りを収める。取り敢えずお腹も空いた事だし、とナマエはその薄いさらさらとした皮を剥き、手の中に収まる果実に噛り付いた。
「ナマエ、これ美味いだろ?」
「…うん、甘くて美味しい」
「当然だな。そういやこの前一人で飯食うの暇だったから紅炎とこ行ったらさー、紅明がすげえ怖えーの!」
「え?ジュダル紅炎様と食事を一緒に!?」
「まあそれはいいから、紅明が髪がボッサボサに伸びててその状態で叱られたもんだから余計に怖かったんだぜ?!」
やれやれ、とでも言うように肩を竦めながら話をするジュダルは、慣れた様に桃の皮を剥いては咀嚼していた。ナマエも一つ目を食べ終わり、二つ目の桃の皮を剥き出した時にそれは起こった。
ナマエが皮を剥こうとその少し凹んだ部分に爪を刺した瞬間、少し力が強かったのか、その甘い果汁は彼女の爪から指を伝い、腕まで滴れてきてしまった。直ぐに其れを拭き取ろうとしたが、ジュダルは目ざとくそれを発見し、ナマエの腕を掴んで拭き取ろうとする手を止めた。
「ジュダル!早く拭き取らなきゃ服に付くでしょ!」
「まあ待てって、こうしたらいーじゃん」
そんな事を言いながら、ジュダルは彼女の腕を掴んだまま、その腕に滴れる桃の果汁を舐めた。ぺろり、と腕に伝わる感覚にびくりと彼女の肩が震える。彼はそのナマエの反応を待ってました、とばかりに、丁寧にその果汁を舐めだす。
ゆっくりと、腕に伝わるざらりとする舌の感触に、ナマエは彼の腕から逃れられないため視線を泳がせる。だが、そんな時に限って余計な事が目につくものだ。一応自分の彼氏、という存在である彼のさらさらとして、少し跳ねた黒い髪の毛や、しっかりと割れた腹筋、長く編まれた三つ編みなどが嫌でも視界に入り、ナマエはさっと目を背けた。
「…ジュダル…!やめて…!」
「こんな顔真っ赤にして可愛いー反応してくれる彼女を前に止められたら尊敬するぜ?」
「…!か…可愛いって…!!」
更に顔を真っ赤にし、自分にされるがままの彼女に、やっぱこいつは退屈しねーなあ、とジュダルは思った。まだまだ部屋を立ち去る気には、全くならない。