「いらっしゃいませー!」

「店員さん」

「はい!何をお探しですか?」

「祝儀用にフルーツの詰め合わせが欲しいんだが…」



はい!畏まりました!という声と共に、ポニーテールを揺らす少女はさらさらと注文をメモする。青空広がるこの朝のバザールでは、人の出入りも活気もそれは凄いものだ。いわゆる看板娘という立場の少女は、目の回るような客数でも、淀みなく接客をしている。

その場で祝儀のフルーツの客を待たせ、後ろに控えた客をさばくと、少女ナマエは笑顔を絶やさない。すると、店の棚からバスケットを取り出してきて、祝儀用の紙をそこに敷くとあっという間にフルーツを盛る作業を終わらせてしまった。色とりどりで美しいフルーツ達は、誰が貰っても嬉しい物だろう、と予想できる。



「お待ちどおさまでした!」

「お姉ちゃん早いねー!ありがとう!」

「はい!あとすいませんが、聞きたい事があるんです」

「何だい?」



いかにも嬉しげな様子で、綺麗に包装されたバスケットを受け取る元気そうなおじさん。多分船乗りだろうその見た目からして、さっぱりとした性格だと見受けられる。

そして、ナマエが店を訪ねてくる客に問うてまで聞きたい事とは、先日助けて頂いたシンドリアの守護天使の一人、スパルトスの事であった。目を合わせようとしない彼が自分にはどうも理解できない、と言ったらいいだろうか。接客業をしているからそう思うのであろうが、調べてみないと気が済まなかったのだ。

私の予測からすると、女が苦手という説と、宗教か何か都合のつかない理由で目を合わせられない、という説が有力だ。実はこの説の片方は大当たりなのだが、そんな事を知らないいちシンドリア民のナマエからしたら、片っ端から聞くしか手はないだろう。何故母親に聞かないかって?…それはからかわれるからだ、ようやく男に興味が…!と。



「スパルトス様の事なんですけど、出身国とか性格とか知らないですか?」

「スパルトス様ねえ…、彼はすごく真面目だって事くらいしか知らねえや、すまんな」

「いえいえ、こちらこそありがとうございました!またのお越しをお待ちしております!」



客も大体いなくなり、隣の精肉屋や、小物や雑貨を取り扱う店など人がまばらにいる程度になってきた。―うーん、結局期待してるような事は聞けなかったな。と軽く息を吐く。真上に昇りかけている太陽も、穏やかな陽光を降り注がせ、その収穫のなさを表すようだった。



 ー ー ー



朝のバザールの片付けも終わり、ナマエは夕方の準備までにぶらぶらと昼間の街をうろついていた。市街地はバザールと違い、常に店を開いている所が多いため、ナマエは知り合いや友達に出くわす事が度々あった。

昼食に何か軽いものでも食べようかと飲食店に入ると、ザワザワと騒がしい店内からナマエの耳に声が届いた。聞き覚えのある声のする方角を探しそちらを向いてみると、そこに居たのは子供の頃から仲の良い友達だった。括らずにそのまま流している黒髪は、シンドリアの女の人に多い軽くウェーブのかかった髪型である。

にかっと笑いながら手招きする彼女は、人柄も良くお姉さん気質なので、ナマエはいつも相談に乗って貰ったり一緒に出掛けたりする。丁度昼時のおかげか、店に訪ねるお客の数はマックスだ。良かった、ここで会えて。ナマエはホッと息を溢した。



「久しぶりー!ありがとう呼んでくれて、助かったよー!」

「どういたしまして。ナマエ久しぶり、最近忙しくて会えてなかったわね」

「ホントだよ!アイシャ会いたかったー!」

「こらこら、抱き付かないの。店の頼りな看板娘がこんな甘えん坊なんて言えないわよ?」



はーい、と悪戯っぽく私はクスクスと笑う。久しぶりに会ったとしても変わらず優しくてお姉さんなアイシャに甘えずにはいられなかった。隣や近くのテーブルの話し声を耳に入れながら、私は彼女から手渡されたメニューを受け取ってぱらぱらと捲りながら話をする。

おじさんとおばさんは最近元気?ええ、元気よ。などと雑談を交わしながら自分の手元のメニューから目に留まった物をオーダーする為に店員さんを呼んだ。直ぐ様駆け寄ってくる笑顔の似合う店員さんが注文を聞いて去ると、相変わらずよく通るわね、流石看板娘!とからかってくる彼女に思わず膨れっ面になった。そうすると更に面白がられた。もう、からかい好きなんだから。



「でね、……そうだ、アイシャ」

「なあに?ナマエ」



机に肘をつきながら、自分の指と指を絡ませるアイシャ。美容関係の仕事をしている彼女は、肌や顔立ちだけでなく、爪先まできらきらと輝いているように思える。ナチュラルな化粧でも映える美しさは羨ましい限りだ。話を切り出そうとした私を、彼女が見た。



「アイシャって情報通だよね、スパルトス様の事って何か分かる?」

「どうしてスパルトス様がいきなり出たのかは気になるけど、そうねぇ…」

「うん、」

「スパルトス様はササン出身で、シャルルカン様とピスティ様とよく飲みに行くって噂よ、でも女関係は無いらしいわ」

「へぇ……」



ササンって、確か厳格な国の教えがあるって聞いた事がある。もしかしたらその教えがスパルトス様が目を合わせない理由かもしれない。その話を聞きながら考えていると、先程頼んだ野菜中心の軽食と飲み物が運ばれてきたため中断する。

ありがとうございます、といいながら飲み物を口にしている間にもアイシャはスパルトス様の身長、体重、年齢、海上警備が多いなどの別にいらない情報まで教えてくれた。さすがアイシャ、彼女の情報網は侮れない。



「でえ…、何でナマエはスパルトス様の事を聞きたいの〜?お姉さん気になっちゃうなぁ」

「その事?別に大したことないけど…」

「いいの!大したことなくてもいいから聞きたいの!!」

「わ、分かった」



実はかくかくしかじかで―…、と話し出すと彼女は杯を持ちながら話を聞く。口元がにやついているように見えるのは気のせいだろう、私も軽食をつまみながら話す。店内の賑わいが心地よかった。

一通り話し終えると、目の前の彼女はいきなりそっぽを向き、肩を震わせ始めた。まあ、笑いのツボが浅い彼女にとっては日常茶飯事の事だけど。 暫く経った頃に、はーっ、笑った笑った!とでも言いたげな彼女はこちらを向いて、事情は大体分かったわ。と言う。ああ、そういえばその後店を出て別れる時の彼女は、笑いが収まった時と同じようないかにも愉しそうな表情をしていたな。

頬を撫でる爽やかな風が、ひとつ解答を得た私の心の中が表れたようだった。







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