はぁ、はぁ、と軽く息を切らしながら先を走って行った影をスパルトスは探す。店の商品をオラミーに盗まれたらしい青果店の少女は、意外にも素早かったのである。普段鍛えているスパルトスでも、果樹園に入って行った後直ぐに見失ってしまった程だ。

もう夕暮れの時間帯という事で、辺りは橙色に染められたパパゴレッヤなどの果樹がどっしりと鎮座している。彼女は何処へ行ったのだろうか、だが、あの足の速さならばもうオラミーを追い詰めているだろうという結論に達した。そうなると、森の中ではそれは出来ない。だから彼女達は岸にいるだろう、スパルトスは足早にその場を動いた。



 ー ー ー



予想的中だった。海岸へと行ってみると、其処には果物を銜えたオラミーが逃げないようにと追い詰めているポニーテールの少女がいる。どうやら、もう捕まえられる直前らしく、勝利を確信しているような雰囲気を出していた。



(…だが、あの柔軟さを持ったオラミーの事だ、上手く逃げ仰せるのではないか…?)


自分が捕獲する時に、逃げられてしまったからな。スパルトスは少し苦笑する。
一応、逃げられそうな時のために構えておこう。こちらに気付いていない小さな泥棒は、やはりというべきか、彼女の手からすぐに抜け出してしまった。悪いが先程で学ばせて貰った。そう思いながらこいつに逃げられた少女に声を掛ける。

捕まえるのは、このオラミーで良かったか?
暫く唖然としていたナマエという彼女は、私の姿を視界に捉えるとありありと驚きの色を滲ませた。多分、彼女が聞きたいことは私が何で此処にいるのかということだろう。またしてもスパルトスの予想通り、相手は言葉を紡いだ。



「スパルトス…様…?!何でこんな所に?」

「…君と君の母親には果物を頂いてしまったからな、恩を返しただけの話だ」

「……ありがとうございました!これで店の売り上げに支障が出ないです!」

「気にしなくてもいい、こちらこそ先日の礼を言おう」

「いえ、本当にありがとうございました!」



結構時間が経ったのだろう、つい先程まではオレンジ色に輝いていた水平線も、僅かに残ったオレンジと淡い藍色のグラデーションを見せていた。ホッとした様子で礼を述べる彼女に気にするなというが、律儀な性格なのだろう、何度も礼を述べてきた。

取り敢えず、この自分の腕(かいな)に抱かれたオラミーの口から青果を取り、彼女へと渡す。もうこれで大丈夫か。故郷の教え上、この少女とは先程から目を合わせない様にしているが、ずっとはそうもいかない。
だからこそ、まだ報告の途中であったし、あまり不快に思わせてしまったらいけないからな。そう決めると、オラミーを腕から放し、一通りの礼儀を述べてその場を去った。



不思議そうにこちらを見る彼女に、気付いていないのは当たり前だった。



 ー ー ー



「行っちゃった…」



まさかこのシンドリア国の守護天使、守護神とも謳われるスパルトス様が、こんな所で現われるとは思っていなかったナマエは心底驚いていた。それだけでなくとも、普段は海上警備等が主という話を聞いた事があるので、王宮にすぐ帰る筈の方がいたという事にも更にびっくりだ。

シンドリアの民が困っている時や憂いている時に助けを差し伸べてくれるのが、我がシンドリア国王シンドバッドと八人将なのだ、と今回の件でつくづく理解させられたのである。流石だなあ、小さい頃から友達の子や近所のおじいさんおばあさんの間でも勿論健在なこの人気っぷりの理由が改めて分かった。


去っていく後ろ姿は颯爽としており、まるでその真面目な性格を表しているようだったスパルトス様。ただ一つ、ナマエには引っ掛かる点があった。



(…何でスパルトス様は目を合わせてくれなかったのだろう)



夕闇が迫る街並みを歩きながら、ナマエは考える。先程捕まえたオラミーの事を尋ねる時、青果を手渡す時、最後に去る時でさえ、彼は一度も目を合わせようとしなかったのだ。まあ、こちらも一度失礼を働いてしまっているのでそんな事本人にむかって言える訳がないのだけども。

ただ、やはり接客業である店を回している彼女としては、目を合わせないなんて疑問でしかなかったのだ。いくらスパルトス様、八人将だとしても偉そうにふんぞり反ったりする性格ではなかったはず、確か。


考えれば考える程、疑問は新たに生まれるだけだった。少しずつ近づくバザールの灯りを見て、ナマエはうーん、と一人唸る。
その頭に着けられたシンドリア国民特有の花冠は、花弁をゆらゆらと夜風に揺られ微笑むようだった。







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