ピイイィ、と鳴きながら青空に飛び立っていった真っ白な小さい鳥を、スパルトスは声を掛けられたことも少しの間忘れて見ていた。あれは…ヤムライハたちの言うルフだったのだろうか。よく分からないものは教典を読み返したりするという、頭の固い彼だが、普段見たこともないあの存在を不思議と懐かしく感じた。郷愁、そして希望のようなものが胸をつく感覚を心地よく思ったことに、むしろ驚いた彼自身がいた。

ぼうっと鳥が飛び去った方向を見ていたが、自分にはパパゴレッヤを買うというお使いがあるのだった。その事に気付くと急いで意識を声を掛けて来た店員の少女に向ける。その事など少しも気にしていない様子の店員は、はつらつとした笑顔で他の商品のことも説明し始めた。



「他にもうちのフルーツは絶品ですよ!そう、こっちなんか中々大きくならないものなんですけど上手に育ちましてこんなに大きくなったんです!!」

「それは興味深いな」

「ありがとうございます!ですけど他のフルーツも劣らない美味しさなのでじゃんじゃん見ちゃって下さいね!」

「ああ、そうさせてもらう」

「…うん?あれ?どこかで…もしやあなたはスパ」

「ナマエーーーっ!!!こんのバカ娘!スパルトス様に向かって失礼な言葉遣いをして!ハラハラしてならなかったよ!」

「あ、お母さん。やっぱりスパルトス様だったんだね?」



店員が何かを言い掛けた時に、怒号と共に彼女の母親と見える人物が現れた。店員の名前だろう、それをわなわなとしながら呼んでいる姿は怒りで打ち震えている。なんだなんだと面白半分でその様子を伺う人々。だが娘の方はそうだったんだと納得するように頷いているので、かえってスパルトスの方が肝を冷やす事態となっている。

店員でもある娘のそのボケ具合を見て怒号を上げていた母は、一度彼女の頭をぺしりと叩くと、店の品を腕いっぱいに抱えてスパルトスの元へと歩いて来た。そして腰を直角に曲げて、あんのバカ娘がすいませんでした!と力一杯謝りその端々しい果実をスパルトスの腕にどさりと持たせる。日頃から鍛練を怠っていない彼にはさほど重くはなかったが、あまりに唐突だったためぱちくりと目をしばたかせた。



「…この果物は高価だっただろう?こんなに頂いては行けない」

「いえいえそんなスパルトス様!無礼をしてしまったお詫びとして受け取って下さいませ!」

「ありがとう、ではありがたく頂こう」

「ほら!ナマエもきちんと謝りなさい!」

「スパルトス様、非礼をお詫びします。すいませんでした」



先程のナマエという店員も母と一緒になって謝罪をしてきたが、そんな些細な事では腹を立てない彼は、逆にお礼を言ってその場は収まった。美味しかったらまたお立ち寄り頂けたら嬉しいです!と言う先程の店員の、持ち前の商売上手さを最後に見届け、スパルトスは王宮への帰路へと向かう。その後には、澄み切った青空にまた店からの賑わいの声が響いていった。



 − − −



「王、ただいま帰りました」

「おお、ご苦労だったな!」

「はい。頼まれていた品です」

「これは後で頂くとしよう。…さて、何か面白い事はあったか?」



王宮に辿り着き、相も変わらず広い廊下を突き進めば王とばったり出会った。どうやら会議後で次の仕事をしに行く途中らしいので、お使いの品を周りの侍女に王の部屋へと運ぶようお願いする。するとそれを見ていたシンドバッドは口を開くと、にかりと笑いながらそんな事を尋ねてきた。王は色恋方面を期待しているようだが、自分には残念ながら浮ついた話はない。

…ただ、面白い話はあった。朝のバザールで起きた一通りを話すと、シンドバッドは満足そうに口元を緩ませて、それはいいことだと言い残し去って行ってしまった。あの王は何を考えているのだろうか。スパルトスは首を傾げると、鍛練のため銀蠍塔へとゆっくりと歩を進めた。



終業の鐘が鳴り終わって丁度半時間後ほど、スパルトスがいた銀蠍塔の扉を誰かが勢い良く開いた。スパルトスは滴る汗を拭いながら、重厚な光を放つ鎧をかしゃりといわせそちらを振り向く。その元気な来訪者は、言わずもがなシャルルカンとピスティであった。この二人は自分が今日は海上警備がないと聞いたのであろう、ウキウキとした足取りでこちらへ走って来ると、予想していた飲みに行こうぜ!という台詞を見事に揃って口にする。
スパルトスはふぅ、と一息吐くとそうだな、と頬を緩めてそれに着いていった。



「ねーねースパちゃんスパちゃん!今日王様のお使い行ったんでしょー?」

「ああ、そうだ。それがどうしたんだ?」

「いや…普段女の子とかの話が出ないスパちゃんが今日は王様が言ってたから気になって!」

「何々〜?スパルトスついに彼女ォ?」

「ただお詫びにと売り物を貰ってしまっただけだ、お前が想像するような展開はない」



目をキラキラと輝かせ、いかにもいじる気満々です!といった表情の二人に溜め息をついてしまいそうになる。あれはあくまで唐突な事態であっただけで何もないというのにどいつもこいつも。スパルトスはシャルルカンの頭とピスティの頭を少しこづくと、シャルルカン行き付けの飲み屋へと意識を向ける。夕暮れに染まる街並みと、ゆるやかな暖かい風にバオバロブの葉が揺られていた。






3





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -