おもわずぽかんと開いた口がなかなか塞がらなかった。お婆ちゃん、今、何て言ったの? 今まで王宮御用達という立場で青果店を営んできたお婆ちゃん達にお疲れ様と言うために、私はここに来た。だけど、大切な話と言われ聞いた話がまさか、まさか。
ところどころ色褪せたり日焼けをしたテントの外で、観光客や旅の人達がバザールを練り歩いている。おひさま屋は営業はしていないと貼り出しているからか人は通りすぎるけど、隣の金物屋からは店主の女の人の景気のいい声が聞こえてきた。



「う、ウチの店を次に推薦してくれた?!おばあちゃん、それホントなの!」

「えぇ、本当よ。私が知っている中では、接客、質共にナマエちゃんの所が相応しいと思ったわ」

「でもそんな、今はお母さん達も居ないし、一回聞いてみないと私だけでは決断は…」

「ナマエちゃんの所、この前国営商館のお得意先も出来たって聞いたわ。人気も噂でちょこちょこ聞くものねぇ…」

「うん、それは良かった。でも推薦は…その、」

「いいのいいの。推薦といっても他の店も候補に上がっているし、王宮側も一通り候補の店舗を見てみてからにするんじゃないかしら?」



そう言いながらふんわりと微笑むおばあちゃん。その言葉に、私の体から力が抜けた。よ、良かった………。普段はウチの店の繁盛を願ってはいるけれど、突然王宮御用達という大役の名前が出てくるというのは逆に怖じ気づいてしまうものだ。いきなり大金を手にするような心境と考えてくれたらいい。確かに、ウチを推薦されたからといってはいそうですかと王宮だって承諾する訳はないよね。あまりの焦りでよく考えられていなかった事に少し反省した。

取り敢えず当初の目的は達成できたし、気を取り直してお婆ちゃんに挨拶をしてからお店のほうに戻ろう。私は座っていた腰掛けからよいしょと立ち上がった。向かいに座っていたお婆ちゃんも、にこにことしながら腰を上げる。まあそんなに気負わなくてもいいわよ〜、と言われたのでそうだね!逆にチャンスかも!と笑いを溢し、一歩また一歩と、私は大好きなウチの店に向かい始めた。



 ー ー ー



一方、その頃の王宮白羊塔、文官執務室。そこでは今、月末の会計に追われ、限界を突破している文官達が居た。揃いも揃って皆ペンとインクでガリガリと文字の羅列を書き入れ、周りが汚れる事など気にする暇もない。「道路整備並びに住宅区域増域の予定予算の書類は何処だ?!〆が今日の終業の鐘までだぞ!」「此処です!もう上がってますので手が少しでも空いてる方提出お願いします!」等という会話をちらりとでも聞けば、差し迫った状況が誰にでもお分かりになるだろう。その中でもひときわ、只ならぬ雰囲気と凄まじい速さで仕事をする羽根ペンを扱う白髪の人物が、ある文官に話し掛けられた。



「ジャーファルさん!王宮への果物の納入先の新しい店舗について相談が!今大丈夫でしょうか?!」

「問題ありません、話しなさい!」



その白髪の青年とは、このシンドリアの守護天使八人将の一人、文官かつ政務官で王の補佐役であるジャーファルだった。会期の真っ只中の現在、連続徹夜記録が伸びてきている彼は目元を荒ませている。他の文官も似たり寄ったりな目だ。部下である王宮への納入物及び運搬の責任を受け持つセラフという文官に対して、彼は目を手元から背けず仕事を続行しながら続きを促した。政務官の名は伊達ではない。

話を促されたセラフは、はい、ときびきびと返事をすると、内容を詳しく手短に説明した。中身はというと、以前から納入をしてくれていたおひさま屋が店を畳む為、ジャーファル若しくは誰かが新しい店舗の視察に早急に向かわなければならないという事がメインだった。ただ文官の視察だけでは心もとないからと、これまでの店舗税等をキッチリと納めているかというのも確認するためでもある。執務室は死屍累々。対照的に正午の鐘から三刻程、少しずつ西に沈み始めた太陽は、昼過ぎの空模様を穏やかに演出していた。風がそよそよと窓から吹き込み気持ちがいい。



「成る程、では此方(こちら)を使いなさい!店舗税の納税確認の表です」

「はい!それと、視察の件ですが…」

「私は見ての通り手が離せない状況です。悪いですがセラフ、やってきてください」



緑色のクーフィーヤから白髪と荒ませた黒い瞳を向けてきた上司は、責任受け持つ目の前の文官に視察の任を任せた。仕事量がただ事ではないジャーファルの手を煩わせるなどもっての他。セラフは分かりました、失礼します!とだけ言い、自分の執務机へと戻った。十数歩歩くだけなのに、その間で一人の同僚が脱落して医務室に運ばれて行った。友よ…!お前の死は無駄にしないぞ…!!(死んでいないが)心の中で合掌するセラフ。かくいう彼も二徹突入間際である。


取り敢えず受け取った参考の表に目を通し、自分が持っている納入先候補の店舗一覧にチェックをつけていく。ああああ、風が強く吹いた!承認済みと未承認の書類が混じったぞ!!という声をBGMにしながら、黙々と執務をこなす彼はいかにこの職場に慣れたかということを痛感させる。全て王が自由奔放なせいでもあるのだが、強烈なリーダーシップと彼の人柄、威厳に尊敬を向けているセラフ―いや、シンドリアの民には寝耳に水であることは間違いない。

窓からは、遠くの海にシンドリアの船が動いているのが小さく見えた。さて、頑張らなければ。セラフは腕捲りをすると、ペン先をインクに浸けた。







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