青空が高く高く広がっているその真下。シンドリアのバザールの一角では、何時ものようによく通る声、そして笑顔を訪れる客に向ける少女がいた。白い歯を出し、快活で爽やかなイメージを与える彼女は、二ヶ月前のあの騒動の衝撃からすっかり立ち直っていた。横抱きにされた衝撃は、時々尾を引いているようだが。
あの後、アイシャからは今度無茶したらひっぱたくわよ、と綺麗な笑顔を頂いたナマエ。そして彼女の母と父は、普段は娘の事を考え、大抵の事を自由にさせているが今回の件で暫くは国営商館への配達はさせないことになったようだ。暫く会っていなかった近所の友人達からは、大丈夫?!とお見舞い(?)を貰った。そんな事をされては、彼女はあまりの嬉しさに立ち直る事など当たり前だった。次は、心配をかけないと自分に誓って。



「どうぞどうぞー!ウチの果物は美味しいですよー!」

「ナマエ!」

「なにー?お母さん!」



丁度来ていた来客も落ち着き、少し余裕が出てきていた頃だ。おおらかでしっかり者のナマエの母が娘を呼んだ。オラミーのように店先から物をくすねる動物がいるので店番を父に任せ、何だろうと彼女は母に着いていく。彼女の頭に付けられているシンドリアの民お馴染みの花飾りがふわりと風に揺れた。

出来れば、接客態度についての注意ならしっかり聞いておかなきゃ。私の対応次第でうちの果物を買って行ってくれたお客さんが嬉しい気持ちになるか、ならないかが決まるから。そんな事をキリリとした面持ちで考える彼女は、幼い頃から培った経験とその前向きな精神により、もうすっかり接客の仕事が板に付いている。

少し店先から奥まった、つまり店の裏に来る。真上からさんさんと降り注ぐ陽光のお陰か、自分の店と裏、両隣の店が隣接していてもバックヤードは明るく過ごしやすい環境になっている。シンドリアの気候の恵みに感謝だ。ナマエの母ナリルは、椅子替わりの樽に腰を下ろし、普段とそう変わらない表情で話し始めた。



「さて、多分まだアンタは聞いてないだろうし話すけど、バザールのおひさま屋のお婆ちゃん達、引退するらしいのよ」

「………えっ、本当に?!」

「アンタ大好きだったからね〜、もう大分トシだし、沢山働いてきたからって言ってたわよ。時の流れは早いわ〜」

「そっか……、じゃあ私、引退祝いのフルーツ、届けて来るよ」



幼い時に、まだ店の位置が違った頃、近くにあった同業の店のお婆ちゃんお爺ちゃんの所によく遊びに行っていた。別にお婆ちゃんたちは私の祖父母というわけではないし、血の繋がりもないけど、私は優しいふたりが大好きだったのだ。そんなお婆ちゃん達の引退は、ものすごく頑張っていた二人への休息になることだろう。そうと決まれば、私はそこに向かい話したくなる気持ちがムクムクと沸き起こってきた。行かなきゃ。ありがとうと、そしてお疲れ様を伝えよう。

そんな私の勢いに反して、お母さんは冷静に私に意見を述べた。「同業者なのにフルーツ持っていってどうするのよ、ナマエ」 ……あ………、それもそうだった。自分の先走った考えに少し恥ずかしくなる。 まあそれはともかく、久々の二人との対面に自然と頬が緩んでいた。



 ー ー ー



手には自分の店の近隣にある製菓店で買ったお菓子の詰め合わせ。無論、乾燥して砂糖を振り掛けたドライフルーツやジャムなどの類だ。二人はこれが大好きだった。朝夕は人々が賑わうバザールも、真昼の今はよく顔を見知った人同士のお喋りや、それから次の夕方の準備をしている人達のみで比較的静かだ。

そうこうしているうちに、バザールの中でも王宮にひときわ近い列の場所まで辿り着いた。その名の通り、テントの上部に貼り付けられている木で出来た看板が、太陽の形をしているお店。そう、お爺ちゃん達夫婦のおひさま屋はここだ。おひさま屋は元々王宮に近く、良心的な販売方式をとっていることから、王宮にフルーツの納入をしていた。王宮御用達というやつである。


それはいいのだが、やはり歳というものには抗えない。いくら王宮が近くとも、いくら朝か夕どちらかにしか店を開けないとしても、青果を運ぶ体力がなければ成り立たないのだ。因みに夫妻の息子は武官として働いている。だからこそ、自分達は早々に引退して、次の若い世代に任せたいというのが夫妻の意思だった。ナマエはこの事は知るはずもない。



「おじいちゃーん!おばあちゃーん!」

「……はいはい、どなた?………まあ、ナマエちゃんじゃない」

「久しぶり!これ、私とお父さんお母さんから。今までお疲れ様でした」

「あら…こんな良いもの、頂いてもいいのかしら?ありがとう、ナマエちゃん」



えへへ、と微笑む。久しぶりのお婆ちゃんとの再会に、私はなんだか照れ臭くなって思わず鼻の頭をかいた。お爺ちゃんは今出掛けているらしく、まあまあ、椅子にでも座ってちょうだい。と優しく笑うお婆ちゃんに従い腰を下ろした。

古くから使っているからか、少し色褪せたテントは、今は商品を乗せる箱も使われていなく少し閑散としていた。役目を終えた道具たちも、陽によって日焼けしているものばかりだ。 きょろきょろと店内を見回す私にくすくすと笑いながら、お婆ちゃんはゆったりとした口調で話し始めた。



「今日は本当にありがとうねえ。ナマエちゃんを見ていたら、引退して正解だったってもっと思ったわ」

「そんな…、私まだまだ学ぶことがいっぱいあるよ」

「いいのいいの。学ぶことなんて何歳になっても、何年仕事をやっていてもあるんだから」

「……うん」

「それでね、今日は少し大事な話があるのよ」

「お婆ちゃん、それって何?」



ゆったりゆったりと紡がれるお婆ちゃんの声は、聞いているうちに穏やかな気持ちになる。リラクゼーション効果があるのかな、肩肘張らずに仲良く話せるこの空間がとても大好きだ。
そんな時、大事な話、と言われたから私は気が引き締まる。何なんだろう。ドキドキと心臓が鼓動を打つ。そしてお婆ちゃんが花のような笑顔で言ったのは、私が暫く石像になるのに充分な言葉だった。




「次の王宮にフルーツを納入する店にね、ナマエちゃんの所のお店を推薦しておいたのよ」





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