首筋にひたりと当てられているナイフと、酔っ払いの男の荒げる声が遠くで発されているように聞こえる。 誰か、助けて下さい―――!そう祈る私の心の声が届いたのだろうか。太陽にかかっていた千切れ雲がどき、青空が広がった次の瞬間、後ろにいた酔っ払いの男が派手な音と共に吹き飛んだ。

えっ?と呟く。 私は一瞬何が起こったのか分からなかった。周りで心配そうに見守っていた人達がどっと歓声を上げるのが聞こえて、助かったという安堵が込み上げる。泣きそうになりながらもふらり、と身体が傾きかけた時に視界に入ったのは、綺麗な紅色だった。 思わずぼうっとしていた意識が覚醒する。ふわりと身体が浮かぶ感覚と、背中と膝の下に回された腕、そして聞こえてきた「……大丈夫か?」という声。ああ、スパルトス様、だ。


上からさんさんと陽光が降り注いでるせいか、こちらを覗きこむスパルトス様が逆光でとても眩しい。私は目を細めたので分かりにくかったけど、確かに少しだけ、スパルトス様と目が合った。吸い込まれそうな夕陽の色に、時間が止まったかのような感覚に陥る。私は、私はこれまでスパルトス様と目を合わせたかったんだ、とその瞬間、唐突に理解した。



「全く、こんなカワイイ女の子達に乱暴するなんて、頂けねーなァ?」

「シャルルカン様ーー!!」

「流石シャルルカン様だ!!」

「あんな酔っ払いオヤジなんか一発だわ!!!」



観衆のあちこちから、ドガシャーン!という派手な音と共に男を吹き飛ばした八人将の一人、シャルルカン様に大きな歓声が飛んでいる。彼の武器である剣でヒュンヒュンと空を切った後、手に持っていた鞘に刀をカチャ、と収めると供に拍手が巻き起こった。凄い、あまりの鮮やかな手際に周りにいた人達は釘付けだ。
私はというと、生まれて初めて男の人に横抱きにされている。しかもそれが八人将の一人だということもあり、そちらに意識を向ける事が出来なかった。救出の為なんだろうけど緊張する…! だからか、大丈夫か?と問い掛けて頂いたスパルトス様にも、コクコクと頷く事で精一杯だ。

そうか、なら良かったとだけ呟いたスパルトス様は、私を盛り上がる観衆からちょっとだけ離れた所で降ろして下さった。目は合わないけど、それでもとても感謝だけでは足りない位安心して、気が付いたら涙が出てきていた。スウッと流れる滴を見てスパルトス様がギョッとした顔をしているのが分かるけど、止まらない。


丁度そんな時、観衆の中からずっと私を捜していたらしいアイシャが、もの凄いスピードで私の元へと走ってきた。ナマエ!ナマエ!!と化粧が崩れるのも気にせずに、アイシャまでが泣きながら私にどんっと勢い良く抱き着いて来て、後ろに倒れこむような形になる。それまで泣く私に狼狽していたスパルトス様は、邪魔になると思ったのかな、……ゆっくり休むといい、と言い残して去っていこうとした。
……これまでのお礼が、言えてない。ここでお礼を言わなきゃ、いつ言うんだ。私はすうっ、と大きく息を吸って、鎧とマントの背中に「ありがとうございました!!」と叫んだ。私に抱き着いていたアイシャも同じように叫んだので、私は顔が綻んでしまう。スパルトス様はああ、と言いながら、青空の下シャルルカン様に合流しに行った。アイシャ、ありがとう。私のそんな嗚咽混じりの言葉に、彼女も綺麗に微笑んだ。



「ナマエ…!ホントに、良かった。もうあんな無茶な事しないで……」

「ごめん、ね、アイシャ。凄く恐かった、けど、アイシャが突き飛ばされた時、すごく腹が立って、思わず体が動いてたの」

「もう……!!私がどれだけ、心配したと思ってるの?!……ありがとうね、ナマエ」

「うん…!ふふ、アイシャ、大好きだよ」

「こっちこそ!大好きよ、ナマエ」



顔を見合わせて二人で笑い合う。私はこんな友達がいて幸せ者だなあ、と強く感じた。 そして、今日新たに分かったことがある。私はスパルトス様と真正面から、目を合わせてみたいのだ。何故かはまだよく分からない。だけど、彼の人の瞳に見惚れたのは紛れもない事実だ。

人々の大きな歓声と、観衆に大きく手を上げて犯人を捕まえるシャルルカン様の声が聞こえる。白い小さな鳥が、暁色の人が去った方向に羽ばたいていた気がした。







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