「ありがとうねナマエー!買い物付き合ってもらっちゃって!」

「全くだよ…こんなに多いと思ってなかった……」



ある喫茶店のテラスで私は不貞腐れながらもじゅーっ、と残り少ないジュースを氷まで口に流し込んだ。目の前には口でごめんねーとか言いながらも悪びれもしないいい笑顔の友人がいた。昼から二刻程経った今では、暑さもピーク時よりは落ち着いてまだ過ごしやすい空気となっている。

友人であるこのアイシャは美人でしかも仕事は美容関係といういい事だらけなのだが、買い物を始め出すと中々終わらない、という欠点もあった。いや、国営商館なんてなかなか来れないし私も楽しかったんだけどね!と山のように空き椅子に積み上がった彼女の戦利品を微妙な面持ちで見つめた。


テラス席で座る私たちを横切る人々は、みな一様に幸せそうな、楽しそうな表情をしていて、つい頬が緩んでしまう。髪の毛をくるくると指で遊ばせながらそんな私を見ていたアイシャはというと、この子ったらほ〜んと欲がないわね。自分の事でもないのにそんな嬉しそうにしちゃって。と呆れたような声をしながらも私を優しい目で見てくれている。ああ、こんな穏やかで優しい人達が沢山いるから、私はどんどんこの国を好きになるのかもしれない。そう思った。



 ― ― ―



―休憩を済ませた私たちは、どうせなら忙しくて国営商館に来ることもあまりないだろう家族にお土産でも買って行こう!という事になった。お母さん、甘いもの好きだから蒸しパンでも買って行ったら喜ぶかな?私はワクワクと買って帰った後の家族の反応に胸を踊らせる。

暫く賑わしい街の中を歩いていると、辺りを楽しそうに見回していたアイシャが、あっ!と言いながら立ち止まった。どうしたの?と声を掛ければ、こっちこっち!と興奮したように私の手を彼女は引いていく。小さい頃から全く変わらない姉御肌と、たまーに覗かせる小さな少女の様なギャップがまた面白くて、手を引かれながらもクスクス笑ったら怒られた。ひどいなあ、ふふ。


「こんにちはー、おば様」

「はいこんにちは!お嬢ちゃん達可愛いわねぇ〜!こんな可愛い子に着けてもらえたらうちが有名になっちゃうわ!」

「ありがとうございます!で、この指輪なんですけどこれってペアリングですか?」

「えぇ!お嬢ちゃん達彼氏と着けるの?」



いえ、今日のデート記念に!とお茶目に微笑んで私の手と自分の手を恋人繋ぎにした。仕方ない、いきなりだけど私も彼女と来れて嬉しいので買って行こう。店主の叔母さんも私も思わず微笑んだ。

早速どの色がいいかと細工の細かな指輪を見比べ始めた彼女を尻目に、私も店頭の商品を見てみる。凄いなぁ……流石装飾品屋、店先がきらきらと虹彩色に輝いているみたいだ。緑、青、黄色…様々な方向から入った光が屈折し、ここにいるぞと主張している。 機嫌良く店頭を眺めていると、ある商品の前でふと目が留まった。夕焼けのような、綺麗な紅色。気が付いた時にはそれを手に取り、じっとそれを眺めてしまっていた。


スパルトス様。最近あったある出来事から何故かよく出会うようになった、このシンドリア国の八人将の一人だ。あの方の髪色に良よく似たこの色は、私にその事を思い出させた。目を合わせてくれないことが印象的だったのかもしれない、そう思いながらも手のひらで光を柔らかく照り返しているそれを眺めていた、その時。



「お嬢ちゃん……それ、欲しいのかい?」



背後から突然した野太い声と共に、肩に手が置かれる感覚。隣で店主の叔母さんと話していたアイシャがそれに気がつき、私よりも早く振り向いた。私はというと、背筋がぞくりと寒くなるような感覚に陥る。いやだ、誰なの? 声の主を私も振り向いてみると、知らない叔父さんが立っていた。


何の用?語気を強めて質問するアイシャは、綺麗な顔を歪めて厳しい視線を叔父さんに向けている。けれど、そんな彼女の目付きを気にしないかのようにその叔父さんは、キミもそれ、欲しいのかい?ボクが特別にお嬢ちゃん達にプレゼントしてあげよう!二人とも可愛いからねえ!と見当違いな事を言い始めた。

はぁはぁと息を荒げながら、お酒でも入っているのだろう、頬を紅潮させた叔父さんの手が肩に置かれていることが仕方がなかった。振り払おうとしても、力が強く振り払えない。 さすがに店主の叔母さんもこれは変だと感じ取ったのだろう。アンタ、この子達と知り合いじゃなさそうだね!これ以上変な事するなら帰っておくれ!!と促した。



「………あぁ?!オバサンは関係ねぇだろうが!失せろ!」

「関係なくないよ!!私は店主だからね、そんな奴には商品は売れない」

「買って頂く側の癖に立場をわきまえろォ!!!」



相当酔っているのか、店主の叔母さんの注意に逆に怒ってしまい、先程までの必死に優しくしていたであろう口調は酷くなり、罵詈雑言を叔母さんに浴びせかけ始めた。それだけならまだ良かったのだが、手を離して貰えていない肩を強く握られた。痛い…!!

私が痛みに顔を歪めていると、隣で叔父さんを睨み付けていたアイシャが、私の肩から手を離させようとしてくれた。けど、それに目敏く気付いたこの男は、何とアイシャを突き飛ばしたのだ。当然強く突き飛ばされたアイシャは、地面で肌を擦って、血が出てきていた。許せない!私はぐらぐらと腹が煮え立つような思いになる。



「何てことするんですか!!離してください!」

「あ?女は黙ってろ!口答えするんじゃねえ!」



その時、怒りで血が上った頭が一気に冷えていくのを感じた。周りで成り行きをどうすることも出来ず、ハラハラと見守っていた道行く人々の中からきゃあ、と悲鳴が上がる。私の首元にはひんやりとしたものが当てられているのだと理解した。

まさか、こんなものまで持っているとは。質の悪い酔っぱらいだ。心臓がどくどくと痛いくらいに鳴っていて、恐怖が込み上げてくる。私の選択は間違っていなかった。アイシャがこうならなくて良かった、と思いつつも、心はそれに反して助けを求めている。


誰か、誰か、私たちを助けて下さい―…!! 怒号を響かせる叔父さんの声を聞きながら、晴れ渡るシンドリアの空にそう願わずにいられなかった。







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