「ナマエおはよう!さ、行きましょうか」



先日会ったばかり、いや、昨日会ったばかりのアイシャが朝イチで私の家を訪ねてきた。朝食を丁度食べ終わって、今日の予定である国営商館への果物の配達をまさにしに行こうとしている時である。思わず寝惚けているのかと思って目を擦ったけれど、本日も完璧に化粧を施しにっこりと笑うアイシャはどこからどう見ても本物だ。

え?どういう事なの?ぽかんと果物を入れたバスケットを持つわたしの手を引きながら、彼女は私の両親に挨拶をして我が家(ナマエの家)を出た。朝のバザールに向かう近所のおじさんやおばさん等におはよう!と元気に声を掛けられるけど、正直それどころじゃない。



「アイシャ、私今日国営商館までこれを配達しなきゃ駄目なんだけど…」

「あら、大丈夫よ。今から行くのがそこだもの!」

「え?!そうなの?」



今にも鼻歌を歌い出しそうなアイシャ。どこが大丈夫か分からないが、まあ仕事には支障がなさそうだから問題ないみたい。そういえば彼女は美容関係の仕事をしているのだから、こちらの方で仕事があるのかもしれない。と私は一人頷いた。
今はまだ太陽が水平線から登っている最中で、きらきらと輝く朝陽が積み木の様に重なった家々を力強く照らしている。早起きはやっぱり三文の得だ。朝ならではの涼しい空気を鼻から思いっきり取り入れて大きく吐いた。

いつの間にか掴まれていた手は離されていて、先をさくさくと歩いて行く彼女はどこか楽しそうに口元を緩めている。…指定されている時間帯までは余裕があるからいいのだけど、なぜ遠回りな道を私達は歩いているのだろうか。国営商館まではバザールを横切る方が早いのに、今歩いているのは港の方面だ。そちらはそれよりも少し遠くなる。



「ねえ、アイシャ。こっち遠回りだよ」

「いーいーのっ、まだ時間あるんでしょ?」

「うん、まだ時間はあるけど…」



有無を言わさない畳み掛けに、私は仕方なく口を閉じた。多少グイグイ引っ張ってくれるのは、彼女のいい所でもあるし短所でもあるのだ。でも、やっぱりそんな所も大好きなんだけど。


そうこうしている内に、港の方に私達は近づき始めていた。さっきと同様、朝陽に浮かび上がる漁船、商船、警護船などの帆が潮風に揺られてとても綺麗。もしかして、アイシャはこれを見せてくれる為にわざわざ遠回りにしたのかな。私はこんな幻想的な風景を見られた事に、少しだけ彼女に感謝した。

――そう思っていると、当の本人はというものの、港のある方向に向かっていきなり走り始めた。どうしたのー?!と私が必死に追い掛けると、そこで見えたのは、予想外の人物だった。



「シャルルカン様、スパルトス様、おはようございます!」

「おう!おはよう!」

「…ああ、お早う」



そう、彼女が元気に可愛く挨拶をしていたのは八人将の剣術使い、シャルルカン様とつい先日会ったばかりのスパルトス様だったのだ。もしかしてアイシャ、これに会うために?妙に納得してしまう。情報通の彼女なら八人将の方々がその日にどんな業務をするかぐらいならば簡単に分かってしまうだろう。


そう考えていたら、不意に視線を感じて顔をアイシャの方に向ける。そして、顔を上げるとふい、と顔を前に向けたが、私を見ていたのは確実にスパルトス様だった。まただ、目合わなかったな。とぼんやりと思う。
対してアイシャは、そんな私を見ながらまたしてもニヤニヤと笑っていた。もう、何があるのか教えてくれたっていいのに、と私は頬を膨らませて彼女に更に笑われる。その後、警護船が八人将と海兵の方々を乗せて港を出るのを、私達は暫く見送った。



 ー ー ー



「―…はい、はい!またご利用下さい。今回はご注文頂きありがとうございました!」

「いやぁ、あなたの店の果物はお客様から評判がいいんでね。また頼ませてもらうよ」

「はい!失礼致します!」



そう言って、国営商館の大きな飲食店を裏口から出る。今回の注文は、これまでのお得意様とは違い初めてのお客様だったのだけれど、とてもいい店長さんだった。お母さんとお父さんに報告しよう!と決め、外で待ってくれていたアイシャに声を掛ける。



「お待たせー!さ、バザールに戻らなきゃ!」

「えぇー?ナマエ、もうちょっと国営商館を回りましょう?」



大きな仕事も完了して一安心。手を上に振り上げ、陽は登って大分昼近くなった賑わいを見せる国営商館を見渡す。だけど可愛く首を傾げながらお願いしてくる彼女に、頷いてしまいそうになるがダメダメ。今日はこの後店の手伝いに参加しなきゃいけない。



「アイシャ、ごめんね。今日は他にこれから仕事が、」

「心配ないわ。実はおじさんとおばさんには言ってきてあるの、"今日一日ナマエを借ります"って」



にこりと笑んだ綺麗な笑顔の彼女に、あなどれないなあ、と再確認した。本当は私も、中々こんな所に来れないから遊びたかったのだ。じゃあ、今日は一日楽しんじゃおうかな、私は口元を綻ばせる。

多種多様な国の人々が騒がしく、そして陽気に語り合う雑踏に、私と彼女は溶け込んで。遠くでパパゴラス鳥の鳴く声が響いていた。







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