拍手お礼文(約束)4 | ナノ








逢いたくて 仕方がなかった


出会って8年かけて気が付いた想い。
彼を失くして10年。そして、自分が抱く彼への感情には全てが。憎悪や嫌悪だけじゃなく、確かに恋慕が含まれていた事を自覚してからのこの7年は、それこそ地獄のように長かった。

ひょっとしたら、と思う


「一緒に死んであげる」

嘘かもしれないその言葉が、シズちゃんは嬉しかったと言った。

あの時の俺たちと言えば、名前を訊けば眉をしかめ声を耳にすれば踵を返し顔を見れば罵り合い、直接逢えば大喧嘩の毎日だ。
当然、恋人でなければ友人でもない。お互いを殺すのはどちらかだ、とそればかりを信じていた。
俺はそれが当たり前のように嫌悪からきているものだと決めつけて、間違いなくシズちゃんも同じ気持ちだと疑わなかった。
ならば、シズちゃんに自分が死んだらどうするか、と、訊かれたら、俺は「嬉しいに決まってる!その原因が俺なら花火を手配して池袋の街中に紅白の旗を掲げるね。」と答えるのが正解だったはずだ。
それなのに…、俺は、正しい答えを返さなかった。
返せなかった。

まるで、倒錯した愛に溺れ心中する事を望むかのような、甘ったるい言葉を紡いでしまった。
シズちゃんも、俺にそんな反吐が出るような言葉を与えられても怒る事も引くこともせずに、間違いを正すこともしなかった。

あの日の俺たちにとったら、あの問答は俺たちの関係を根本から溶かし崩してしまう毒のように危険なものだったのに。


ひょっとしたら…


ひょっとしたら、シズちゃんは、俺よりも早く気が付いていたのかもしれない。


俺よりも早く、あの殺し合いのような喧嘩の根底に流れるものを自覚して、消えていく膂力に俺からの興味が薄れる事に恐怖し、愛する池袋よりも親しい友人達よりも尊敬する先輩よりも大切な肉親よりもただ、俺を選んでくれたのかもしれない。
あの時の俺の言葉に、化け物の平和島静雄のまま消える事を決心してくれたのかもしれない。

それは、俺の勝手な願望と想像だけど。正解からそう遠く離れてはいないように思えた。



「…俺も、今は田舎に住むただの農夫だ」

シズちゃんがややあって、ぽつりとこぼした。

「ずっと田舎で農家をしていたの?」
「ああ。俺は…結構な数の人間の恨みを買っていたし。力が無くなれば面倒臭い事になる事は分かり切っていたから。
静かに暮らすには人があんまり居ない田舎が良いかと思って…」
「どうやって住む所なんて見つけられたの?」
「それは…。ふらふら歩いていたら婆さんが…」

シズちゃんは、着のみ着のままで歩いていた所を痴呆のあるお婆さんに息子と勘違いされて拾われたらしい。
行くあてもなくお婆さんを捨て置く事も出来なかったシズちゃんは、しばらくお婆さんの家で厄介になる代わりに彼女の面倒を見る事にした。
けれど、当然のように情が移ってしまい、そのままずるずると住み着く事になってしまったのだ。
数年前にお婆さんが亡くなったので、身寄りを探したけれど捜しきれず。仕方なく息子として葬式を出してあげて、今は息子が見つかるまで家を守っているとの事だ。

なんと言う事はない。
そりゃあ、いくら素敵で無敵な情報屋でも探せないはずだよ…。
池袋最強の符号である金髪もサングラスもバーテンダーの服も纏わず、名前も戸籍も年齢もほんの少しも平和島静雄と掠ないんだから。

広がる田畑の向こうの森からジーワジーワと蝉の鳴き声が届き、穏やかな時間が流れていく。

「俺はね、普通のつまらない男になって、分かった事があるんだよ。
単純な事だけど何よりも一番大切な事だ。
真剣に言うから笑わないで聴いてもらえると嬉しいんだけど。」

あの頃と変わらない、真っ直ぐな瞳が自分へ向けられる。

「情報屋の折原臨也がいなくなって、最後に残ったものはたったひとつの想いと事実だけだった。
化け物でも普通の人間でもどうでもいい。
そんなもの関係なく、ただ、君という存在が愛しい。

欲しい。


俺は シズちゃんが好きだ。


 平和島静雄を愛してる



…俺と一緒に暮らしてくれないかな
もう、二度と失いたくないし 離れたくないんだ」

これから、ほんの一瞬だって彼を離したくはなかった。
同情だろうが何だろうが、どうだっていい。
みっともなくてもシズちゃんの優しさに縋ってでも、取り戻したい。手に入れて閉じ込めたい。

じっと目を見て心の底まで伝えようと言葉にする。
10年もシズちゃんを独占していた、身寄りのない顔も知らないお婆さんから彼を奪う事に、何の躊躇も申し訳なさも感じられなかった。


「…俺も、普通のどこにでもいる男になって気が付いたことがある」

静かに独白するような口調で、けれど凛とした声がそれを渇望し続けた耳殻に集まり内耳を満たして柔らかくくすぐる。

「お前に側に居て欲しい


お前がいないと、つまらない」



  世界から全ての色が消えるほどに




シンプルだけど、2人を繋ぐ切実な想い。

俺は、10年前に目の前から消えた細い腕を引きよせ、存在を確かめるように頬を撫で、触れる事が叶わなかったその唇に。シズちゃんを優しく引き寄せて、キスをした。
全ての想いが伝われば良いと、ゆっくり触れたそれは甘く優しく。
焦点の合わない距離で目を開けた先には、ぼやけた視界で綺麗な涙を流すシズちゃんがいた。



「シズちゃんは10年前にもう気が付いていた?」と訊くと「てめぇが鈍感だからな」と真っ赤になって答えてくれる。

「そうだね。10年前は恥ずかしながら無意識だったんだ。ごめんね」
でも、約束するよ。今度は幸せな約束を。
この世から消えるその瞬間まで、ずっと一緒にそばに居るから。

そう言うと、可哀想なくらい真っ赤なシズちゃんは微かに頷いて、絶対守れよ、と小さな声で呟いてもう一度キスをしてくれた。


「君が死んだら、俺は生きてはいけないんだ」
だから、
消える時は今度こそ…





20110713

おわり