臨静(その想いの)3 | ナノ

※「その想いの惨殺」サンプルです(3)
〜中略〜





ああ…、なんということだ。

こんな、現実逃避の必要がある時にすら極めて冷静な分析が出来てしまう己の頭脳を、臨也はこれほど憎んだ事はない。
視点が合わないほどの近距離に、大きく見開いた間抜けな瞳と手入れのなっていないぱさぱさの金髪が映る。
いつもは空を掲げて揺れる、見上げなければならないその金が。地面を背景に、土にまみれて小石を巻き込んでいる様を見るのは胸がすく思いだった。
けれど、頬にあたる心細そうな風と唇に感じる自分のものではない体温に、自分が目の前の男とキスをしているのだと理解したとたん、臨也はのんびりと状況を把握していた自身の思考を酷く呪った。
しかも、何故か自分が上に―…ボロ雑巾のようにぐちゃぐちゃになって地面に横たわる彼の上に、覆い被さっていて。これではまるで、臨也が彼を無理矢理押し倒しているように思える構図だ。
まさに、なにがどうなってこうなった。




『絶望的確信』






押し倒して…いたのだろうか、自分は。押し倒したいのだろうか、シズちゃんを。
答えは否、だ。決まっている。自信を持って、そんな願望が頭をよぎった事など一度もないと臨也は言いきれた。

「…いや、マウントポジションをとって無抵抗のシズちゃんを好き勝手切り刻めるなら、それは確かに魅惑的だし本願ではあるけれど」

それが、押し倒してのキスに願望がスライドする事など考えられない。
リンチに遭ったような彼の衣服や身体を思い出して、自分と彼が一戦交えた後のようにも見えたが、己の力量を正しく理解している臨也は、一対一(さし)で殺り合って静雄をあそこまで追い詰めたのではないだろうと解かっている。

「てゆうか、シズちゃんは何してたわけ?俺に組み伏されてキスされるまでの間、近づく俺の顔をのんびりと見てたとか?
そんなのありえないよね。1ミリ近づいた時点で殴られるよね俺。
じゃあ何?あの状況で大人しくキスされるなんて、まさか合意だったとか言っちゃうの?我ながら自分の夢が痛すぎる。痛々しすぎていっそ可哀想」

前回の夢からたった1ヶ月で、やたら生々しい夢を見てしまった。生々しい夢と言えば、半年前のベッドインもなかなかのインパクトだったが…。

「もう一回寝よう…」

思い出したくない事を蒸し返しそうになって、条件反射で思考を止める。
この悪夢を見るようになって初めて、臨也は二度寝をして現実逃避をする事にした。
 







“平和島静雄、調教済み、○○まで”


裏の情報を得るツールの一つとして、アンダーグラウンドな掲示板の一つに登録していた携帯が新しいメッセージを表示している。
下品で低能な書き込みが多くデマばかりが氾濫するそこに、稀に落とされる宝石のような情報を逃さないために臨也は汚泥を浚っては暇つぶしをする。今度のそれは、どうやら薬物だか何だかを使って静雄の動きを止め仲間内でさんざん嬲った後に、今までの恨みを晴らしたい奴にお零れをやるから指定の場所と時間に集まれと言う告知らしい。
その内容に興奮した書き込みや懐疑の溢れる書き込みで、そのスレッドはものの数十分で消費されていく。
なんて馬鹿らしい。
薬物程度であの化け物を自由に出来るなら、自分がさっさと嬲り殺しているところだ。
それが出来ないのは、あの出鱈目で強靭な人外の肉体がその内部を固く守っているからだ。
どうせ、夢見がちでイカれた奴らの妄言だろうと臨也は近くのカフェに入り、窓から見える人間たちを観察しながら殊更のんびりとコーヒーを啜る。
たっぷりと時間を潰して、短針が15度傾いたところで虚言者の集まっているだろう袋小路へと足を向けた。




「………ッ!!!」


ドクドクと心臓が乱れている。思わず跳ね起きた拍子に、軽い羽毛の布団は足元へ消えていった。
整わない息をみっともなく吐き出す口元を手で覆おうとすると、その手がぶるぶると震えている事に気が付いて臨也は舌を打った。
情けない。こんな動揺、過去に覚えも記憶もない。たかが夢で、どうして自分はこれほど狼狽しているのだろうか。
気を落ち着かせようと目を瞑ると、衣服が乱れ体中に痣をつけられて力なく横たわる、池袋最強と謳われた化け物の姿が目蓋に浮かんで消すことが出来なくて。臨也はこめかみを伝う不快な汗を拭う事も出来なかった。



久しぶりの人間観察をするために池袋に行くだけで、その途中でシズちゃんに見つかったらそれはそれで仕方のない事だし…と、言い訳をしながら、臨也の足は池袋に向かっていた。
駅に降り立ち大通りを歩き始めてわずか数分。地を撫でるような低い声と共にコンビニのゴミ箱が大砲のような速さで飛んできた。
危ないなぁ。この辺のコンビニは外にゴミ箱を置くのをやめたんじゃなかったの?ゴミ箱なんて置いてたら、頭の悪い化け物がドッジボールのように気軽に投げるから通行人の皆さんに迷惑じゃないか。学習能力のない愛しい人間たちだ、と、やれやれと思いながら臨也が振り返ると、そこにはいつも通りの化け物が怪我ひとつなくぴんぴんとして、怨嗟を吐きながら次の獲物を引っこ抜いているところだった。

「シズちゃんシズちゃん、標識は大根や人参じゃないから。土に埋まっていても引っこ抜いちゃだめなんだよ」

非常識な行動を優しく嗜めてあげたのに。「うるせぇ。手前ェに野菜は勿体ねぇ」などと失礼なことを言って、今度はそれを槍のように飛ばしてくる。
本当に、シズちゃんは人じゃない。
いつも通りの日常に嬉しいと感じていたわけじゃないけれど。臨也は、殺傷能力の備わったその無機物を避け切るのが、いつもより数倍容易く感じたのだった。




=====================


20111025

age24