臨静(その想いの)2 | ナノ

※「 retroactive」サンプルです(2)



リーン ゴーン… と、鐘の音が聞こえる

これは夢だ、と臨也は眠りながら考えた。
青い空に真っ白な雲がふわふわと浮かんでいる。春だろうか。白い建物を彩る緑葉は瑞々しく、陽の光を浴びてきらきらと輝いている。
ウェディングパンフレットの表紙にでも載っていそうな真っ白なチャペルの扉が開き、祝福に満ちた歓声が沸いた。レッドカーペットの脇には見知った顔が笑顔で並び、純白の衣装に身を包んだ主役たちが降りてくるのを待っている。
真っ赤な花びらのシャワーが降り注ぐ中、ふわふわ揺れる焦げ茶の髪にぞくりと心が冷えた。
そこに居る誰もが黒い異質を気にも留めず、新郎も新婦も溶けそうな笑顔で幸せそうに笑っている。



『幸せな約束』







「…何なの一体」

背中やこめかみを伝う、気持ちの悪い汗や重苦しい呼気には覚えが有った。
1年ほど前にも天敵の笑う夢を見た。毎日殺し合いの喧嘩を続け、いかにしてその笑顔を潰すかを考えている相手の一生見たくない表情と光景だ。
今回は、どうやらその化け物の結婚式だったらしい。どう考えても実現不可能な夢物語だったが。
これが夢の主人公…―平和島静雄が見た夢だったなら、全力でからかって貶めて馬鹿にしてやるのに。夢を見たのが彼の幸せとは無縁で関係がない自分であったことに、臨也は酷い悪意と屈辱感を覚えた。


「全く、シズちゃんが結婚なんて夢のまた夢だよねぇ…。
お互いもう21歳なんだし、年齢的にはありえなくはないけど。
もしもそんな実現不可能なイベントが万が一にも現実に起こりうるなら、宇宙からの落下物がシズちゃんに直撃するぐらいの奇跡が先に起こってもおかしくないよね!…まぁ、そんなことになったら、俺が持てうる限りのサービス精神で死にたくなるくらい盛大に祝ってあげるけど…」

彼が結婚をする前に、相手の女性を不実な罪に陥れてやるのもいい。結婚後に誰の子か分からないような子供を産ませるのもいい。
呪わしい化け物の祝い事なら、臨也は喜んで彼が精神的に潰れるような祝砲を華々しく打ち上げてやらねばならないだろう。

気温が高いせいで温くなった水で簡単に顔を洗い、臨也は熱いコーヒーに口をつけた。

今日は腹立ち紛れに、シズちゃんに今付き合っている相手でもいるのかと訊いてからかってやろう。答えなんて100%、いるわけないだろうと自販機で返されるだろうけれど。
当然だ。自分がいる限り、彼に近づく物好きな女なんて居ないのだから。

ふう、と、溜息をつくと、香ばしい淹れたてのコーヒーの香りが鼻腔を擽る。
少し気分の落ち着いた臨也は、静雄が気に入ってるらしいバーテンダーの仕事を台無しにして、彼のまっさらな経歴に真っ黒な星をひとつ、プレゼントしてやろうと微笑んだ。




age21
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〜中略〜
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「もうやめよう」

今度の夢では、臨也はちゃんと静雄に認識をされているようだった。


「…やめようもなにも、もともとやめるような関係でもないでしょ?」

奇跡のように会話が成り立っていると言うのに、臨也はそんなありきたりな言葉をやっとひねり出す事で精一杯だった。
何故なら、目の前で唇を噛む静雄は生まれたままの姿で。それを見ている臨也自身さえも一糸纏わぬ姿だったから―…。それも、ベッドの上での会話ともなれば、いくら自分の夢とは言えどうしてこうなったと奇声を上げて発狂したくもなると言うものだ。
二の句が告げられず、ただ静雄の出方を待っていると、彼は無言で服を着て臨也の方を振り返らないまま「死ね」とだけ残して部屋を出て行ってしまった。




『さようならの未練』







「…ありえないでしょ」

なにがあり得ないって、なにもかも、全部があり得ない事だった。
ベッドの上で真っ裸。交わした会話が「もうやめよう」「そんな関係じゃない」。どう控え目に見積もっても、それは男女の別れ話でしかない状況で、台詞だった。
当然、自分と静雄は間違いなく男同士なのだから、そんな状況も状態もあり得るはずがないのに。

「…てゆうか、まず、付き合ってもないしね。それに考えたくないけれど、どっちが女なわけ?」

静雄が女のように組み敷かれる姿など、想像しようにもまったく出来ない。かと言って、自分が彼に馬乗りされる状況など、マウントポジションを取られてぼっこぼこに殴り殺される結末しか思い浮かべる事が出来なかった。
例えば、一億歩譲ったとして。体格差や力の差もろもろを踏まえて、あり得ないけど、冗談じゃないけれど、自分が女として扱われるなら…まだ、分からなくもないのかもしれない。だが、それは絶対にごめんこうむる妄想で想像だった。

「って、自分の夢でなんで俺が掘られなきゃならないんだよ…」

そんな願望、毛の先程もないのに!臨也はぞわぞわと鳥肌のたつ腕を擦りながら、悪夢を振り払うために、誰ともなく言い訳をした。

前回の夢では会話すらなかったのに、いきなりベッドの上で裸のまま別れ話をする夢を見るだなんて、いくらなんでもマニアックすぎる自虐行為だ。これが深層心理で望んでいる事だとしたら、臨也は喜んで断崖絶壁から身を投げる事が出来る。笑顔でダンプに突っこんでやってもいい。
だが、そうなれば静雄も道連れにしなければ割に合わないだろう。唯一の救いは静雄と居た部屋が臨也の自室ではなかったことだ。モデルルームのようなあの部屋に、見覚えはなかった。
もしも自宅でしっぽり…だったら、洒落にならない。…どころではない。臨也はきっと、今すぐに首を吊っていただろう。
…いや、やはり吊らせる首はあの化け物にしよう。

「ホテルなら、まぁ…。酔った勢いとか、その場のノリとか…」

酔った勢いやその場のノリでどうこうなる関係ではないけれど。そうやって無理矢理にでも納得しなければ、自己嫌悪で気が触れそうだった。しかも、前回では夢を見るまで1年半のブランクが有ったのに、今回はまだ半年しか経っていない。
もう二度と見たくなんてないけれど。どうしても彼の出てくる夢を見なければならないのだとしたら、次は数年後であることを願って臨也は大きな大きな溜息をついた。





age23
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20111024

age21-23