藪の中A | ナノ



ふと空気が揺らいだ事を感じ、静雄は目を開けた。頭も身体のどこもかしこも痛まないところがない。
はぁ、と息を吐くと軟骨で繋がっているはずの骨がギシリと軋む。
人よりかなり頑丈な自分を、たかだかセックスでよくもここまで痛めつける事が出来るものだ、と感心すらするがお陰で気分は最悪だ。

臨也はいつも静雄を酷く犯した。
いい加減、抱かれた回数などとっくに分からなくなっているので半分諦めてはいるが、それでも静雄は抱かれる前には抵抗を忘れなかったし、どれだけ抵抗をされても臨也も決して行為を止めようとはしなかった。
最初こそ快楽も何もないただの暴力の延長のセックスだったが、回を重ねる毎にそれは執拗になっていき、慣れた身体に、今度は過ぎた快感が暴力となっていく。

臨也に抱かれると、静雄は必ず声が出なくなるまで啼かされた。
根元を縛られ射精の出来ない苦しさから涙を流し、散々焦らされてようやく赦され解放されると、酷い喜悦に叩きのめされて気を失う。
臨也はサドだ。痛めつけるようなセックスを相手に強要して、暴力的な快楽に悶え苦しむ姿を見ては感じている。
だから、臨也とのセックスは痛くて苦しくて辛いものだと、それが当り前なのだと静雄は理解していた。


「シズちゃん起きた?」

さっさとシャワーを浴びた臨也が頭にタオルをかけて部屋に入ってくる。
どれくらい気を失っていたのだろうか。それほど時間は経っていないと思うが…
「…死ね、ノミ蟲」
とりあえず毒づくと、思った通り自身のしゃがれた声が耳につき眉間の皺がより深くなる。

「ははっあんなに気持ち善がってたくせに!素直じゃないねぇ?」
「善がってねぇよヘンタイ」
「痛くすればするほど感じちゃうシズちゃんだって、十分ヘンタイだよ。ほんっとドМなんだから」
「ドМじゃねぇよテメェがドSなだけだ」
「シズちゃんが相手だからだよ」
「…壊れねぇからって理由で男を抱くなんて、テメェも大概気が狂ってるな」

しかも大嫌いな相手に突っ込んで腰を振るなんて。臨也にとっては小動物をいたぶって楽しんでいるような感覚なのだろうが、毎回気を失うまで責め続けられる静雄にとってはたまらない。
もっとも、そのための嫌がらせなら十二分に成功しているわけだが…。

いつからか、臨也に抱かれる度に悔しさとは違う虚しさのような感情が心を蝕むようになった事に、静雄は気が付かないふりをしていた。
静雄の身体ならどんなサディスティックなプレイをしても耐えられるし、どれだけ手酷くしても壊れない。だから臨也は暇つぶしの相手に自分を選んだのだろう。そこに当然意味はないし、自分も男だから何をされたって傷つく事はない。臨也の性的興奮を満たすのにうってつけの玩具。それだけが、2人の間に存在する事実だ。
逆に言えば、身体が強靭なら相手は静雄である必要すらない…つまり、自分は壊れるまでの、次の生贄が見つかるまでの使い捨て。そんなことは、初めて身体を暴かれた時から分かっていた。
それなのに…。
静雄は、臨也の顔を見たくなくてきゅっと唇を噛んで目を逸らせた。

早く目の前から消えてくれないだろうか。
そうしたら自分はいつものように悲鳴を上げる身体を引きずって、それでも何でもなかったようにここから日常へ逃げる事が出来るのに。

けれど、臨也はきょとんとした顔で、それこそなんでもない事のように吐き捨てた。


「何言ってるの?俺は男を抱くのは趣味じゃないよ?」

ほんの一時、お互い黙って目を合わせる。こんな間抜けな臨也の顔を見たのは初めてかもしれない。

「…ぁあ゛?!手前、俺の事抱いてんだろーが…。俺は女じゃねぇぞ」
「シズちゃんが男だなんて服着たままでも分かるよ馬鹿にしないで。じゃなくて、俺はシズちゃんだから抱いてるんだけど?」
「…はぁ?」

今更だ。
俺が化け物だから、臨也の好む暴力的なセックスに耐える事が出来るから抱いているなんて、わざわざ確認されなくても分かっている。
静雄は、チッっと舌打ちをして臨也を睨んだ。

「俺なら手前ェ好みのプレイが出来るもんなぁ?良い迷惑だ。さっさと他に頑丈な奴探してそっちに鞍替えしろよ」

本当にそうされたら、自分は臨也を本気で殺してしまうかもしれないけれど。

なぜ、殺してしまうかもしれないか…なんて。無理矢理思考を怒りにすり替えることで、静雄はまた気が付かないふりをする。


「だから、何言ってるの?俺はさっきからシズちゃんだからセックスしてるって言ってるじゃない」
「シズちゃんだから酷くしたくなるしシズちゃんだから抱こうと思うしシズちゃんだから飽きてないんだけど」
「だいたい、頑丈なだけの男を抱いたって何が面白いの?成人した男の汚い悲鳴聞いたって萎えるだけだよね。そもそも普通、同性相手に勃たないよね」
シズちゃんってほんと頭悪いよね、と続けながら、臨也はべらべらとさも当然の事のように良く分からないことを喋る。

なんだそれは。
つまり、臨也はSMプレイまがいのセックスがしたくて自分を選んだのではなくて、自分だからSMプレイなセックスをしたいと言っているのだろうか。
エスカレートしていく行為がその結果なのだとしたら、それがどんな意味になるのか…


聡いはずの黒い男は、愚鈍にも彼自身の本心にまるで気が付いていないようだった。
気が付いていたなら、そんな、自分にとって弱みとなりうる事をべらべらと得意げに話したりはしないだろう。

まったく、自分も目の前の男も心底大馬鹿だ。
言い訳ばかりを連ねて、必死に目の前の答えを藪の中に隠して。身体の方が素直だとは良く言ったものである。
冷静に考えてみれば何の事はない。最初から、心を騙して外聞もなく貪り合っていたと言うのに。
情けないけれど、救いようがないのはそんな馬鹿馬鹿しい遠回りでさえ嬉しいと感じてしまった自分の思考回路だ。

こうなってしまっては認めるしかないのかもしれない、と静雄は天を仰いだ。
どれだけ脅迫しようが最低な手を使おうが、喧嘩人形などと謗られる自分を簡単に強姦できる奴なんていないのだから。
相手が同等の膂力を持っていたり体格が良かったり数に任せて暴力を振るえばあるいは可能だろうが、それでも、怪我ひとつすることなく自分を好き勝手に凌辱する事など不可能だ。
つまり、どれだけすばしっこくても自分より上背も筋力も劣る常人の臨也には無理なのだ。大した怪我もなく自分をレイプし続けるなんてことは。自分の同意がない限り…。

そこまで考えて、静雄は大きく溜息を吐いた。


「とりあえず、俺はMじゃねぇからセックスは普通が良い」
「あと、俺だって、男に抱かれる趣味はない」
「手前だから、手前の遊びに付き合ってやってるんだ」

まっすぐ目を見てそう伝えると、意味がわからないと首をかしげ一拍置いた後、臨也は突然ぼぼっと真っ赤になった。
どうやらオウム返しの喚起と告白は成功したようだ。

「……っ!」
「お前、賢いふりしてほんとは本当の大馬鹿なんだな」
「なに言っ…、う、うるさいよ!シズちゃんに言われたくない!!」
シズちゃんのくせに生意気だ、とか、なにそれどうゆうことだよ、とか言いながら、俯いた臨也の綺麗な黒髪から覗く赤眼のように染まった耳を見て、突然無性に胸が苦しくなった。
無意識に押し込めていた想いが内側から薄い肉を食い破って出てくるような錯覚に、頭がくらくら揺れて目の奥が熱い。

少し早まったかもしれない、と自身の頬の熱を感じながら、静雄は諦めるためではなく噛み締めるために目を閉じた。
残念だけれど、どうやら自分はこんな現状にさえ後悔をしていないようなので…。





藪の中の蛇を追い出せ!

「…なんだ、ヤらねぇのか?」
「いや…だって、ほら…」
「………。」




20110904

合意の上で抱いた事がないのでいざ合意で、となったらオトメンになる臨也とか。
かわいい臨也を書いてみたくて天然にしてみたら誰おまになってすみません。天然の臨也とか、今ならそもそもの出発点が間違っていたとはっきりと分かります。書く前に気が付けるようになりたいです…。
そしてオチは特にありません。ふわっとしているのが正解、です! ・・・。