臨静(図書委員:門田) | ナノ



池袋の日常。来神高校ではいつもの追いかけっこが繰り広げられていた。
表面上は見たままの優等生だが性根は腐りきっている折原臨也と、見た目も言動も文句なしの問題児だが心根は優しい平和島静雄の2人だ。

毎日毎日飽きもせずにご苦労な事だ…。と、そんな2人に係わりたくもなかったのに何故か係わってしまった不幸な少年、門田京平は思った。
お互い嫌いだと公言しているのに、毎日必ずああやって校舎を2人で仲良く駆け回っている。
嫌いなら近付かなければ良いのに。少なくとも、自分なら疎ましいものには近寄らない。
一応、平和島の方は彼なりに無視をしようと努力しているようだが、折原の方がどうにもいけない。
平和島を何とかして怒らせたいらしく、手を変え品を変え些細な事から学生にしては洒落にならない事まで、多岐に渡ってちょっかいをかけている。
そして、ダメ押しに追い討ちをかけてはいつもの喧嘩へと発展するのだ。

温い空気を時々さらりと攫う風が、慎ましくも入ってくる校舎3階の教室。窓から校庭を見下ろして、門田はふと、折原を罵倒する平和島のセリフに耳慣れない言葉がしばしば上る事に気が付いた。
ノミ蟲だとか人間の屑だとかはいつもの事だが、そこに、返せだの早くしろだの困るだの、およそ平和島には似つかわしくない受身で弱気な言葉が含まれている。

「………」

内容をもう少し詳しく聞き取ろうと集中しようとした門田に、後ろから呑気な声がかけられた。

「静雄くんが図書委員になったんだよ」

同じクラスの岸谷新羅だ。
顔だけ見ればイケメンの部類に属するものの、想い人がいるらしい事と来神きっての問題児2人と旧知の仲だと言う事で、さっぱりモテる気配がない少年だ。
もっとも、モテない理由は性格にかなりの破綻が垣間見えるせいでもあるのだが。

それにしても、平和島が図書委員になるのとあの喧嘩がどう結びつくのか。
察しの良い岸谷は何が楽しいのか、嬉しそうににこにこと笑いながら続けた。

「あ、もちろん、図書委員は静雄くんが休みの時に投票で決められただけで、彼が望んでやっているわけじゃないよ。そもそも彼、本とかそれほど好きじゃないし。」

なるほど、厄介な仕事を厄介な奴に押し付けて、それも投票なら後日誰が選んだのか分からず自分に被害は及ばないと言うわけか。

「ああ見えて静雄くん、真面目で責任感強いし。ちゃんと当番制を守ってるんだよね。ちなみに、彼の当番は水曜日だよ」

水曜日と言えば、正に 今日である。

「ついでに付け加えると、今までいかがわしい事にしか使った事がない図書館で、何故か臨也が本を借りるようになったんだよね」
「…それって、わざわざ平和島のいる水曜日に図書館に行くって事か?」
「違うよ?臨也が行くのは決まって火曜日」

よかった。無意識に、ほっとため息をつく。
危うく変な想像をするところだった。

「でも、返さないんだよね。図書館の本は1週間で返さないといけないのに。臨也は絶対に期日、翌週の火曜日までに返却をしない」

ぎくり、と身体が固まる。

「だから、次の日…つまり、水曜日に図書委員の静雄くんが臨也のところに返却を催促しに行かないといけないってわけ」

意識せずともがっくりと肩が落ちる。正直、これ以上、知り合い以上親友未満の友人たちの無駄に複雑な感情や関係なんて知りたくもない。

「静雄くんもまた律儀に取り立てに行くから臨也が調子に乗るんだけどねぇ」

あはは、と笑う岸谷にそれ以上言ってくれるな、と、門田が限界を訴える前にガラリと教室のドアが乱暴に開かれた。

「あ、静雄。未返却の本は手に入った?」
「ああ。新羅、頼んでたカバンは…」
「大丈夫。ちゃんと持ってきたから」
「サンキュ」

いたるところがボロボロになった平和島が岸谷の元に歩いてくる。
手には古びた本が一冊。それを取り戻すために、毎週水曜日はいつもの喧嘩とは違った追いかけっこをしなければならないのか…気の毒に…。

「今日はどんな本だったの?」
「ん?ああ…“ゲーテの愛の詩集”?なんだこれ。ノミ蟲にしたら気持ち悪ぃもん借りやがって」
「………」

ぞわり、と胸の奥の方が嫌な予感で冷える。

「平和島。ちなみに…今までどんな本をアイツは借りたんだ?」

誓って言う。訊いてしまったのは確かに自分の過失だが、決して悪気があったわけじゃなかった、と。

「んん?えー…と、」
「先週は“If you love me”その前は“愛するということ”更にその前は“I'll Love You Forever”だったよね」
「そうだったか?」
「………」

平和島に代わって、すらすらと岸谷が反吐が出そうなむず痒いタイトルを上げていく。
それをあの優男は恥ずかしげもなく毎週借りて、目の前の鈍感な男はその愛ばかりが詰まった本を必死になって取り戻そうと追いかけ回すのか…。

その、あまりと言えばあまりな追いかけっこに、乾いた目から涙が止めど無く流れていくような錯覚を感じた。




加害者は嗤う
「知りたくはなかった。心から。」
「いやいや、僕だけじゃ手に負えないし。一緒に見守ってあげようよあの二人」
「………」


20110801

新羅のせいで面倒くさい友人の恋路に巻き込まれた不幸なドタチンです。ゲーテの愛の詩集と言うタイトルの本はなかったかと思いますが、分かりやすいのが他に浮かばず…。すみません;;;来神時代、ドタチンは最初名字呼びだったら良いなーと言う妄想で。ドタチンと新羅、臨也とシズちゃんがそれぞれ同じクラスの設定ですが、4人が同じクラスだったら最高に萌えます。