こんなはずじゃなかった いつもの殺し合いでいつもの喧嘩。いたってよくある日常の延長を、その日も続けていたはずだった。 それなのに、なんで…。 目の前の胸糞悪いノミ蟲こと折原臨也から化け物と罵られる長身の青年、平和島静雄は、顔には然程出ていないものの間違いなく茫然としていた。 普段となんら変わり映えのない喧嘩の最中に、臨也が告白をしてきたのだ。 静雄には野生の勘とでも言うのか、人の嘘が分かるという特技があった。 文面上や又聞きといった場合には発揮される事のない特技だったが、目の前で喋ったことならば、空気と言うか違和感と言うか説明するのが難しい何か虫の知らせのようなもので、内容如何によらずキナ臭い雰囲気を感じ取り嘘を見破る事が出来る。 なので、「俺、本当はシズちゃんのこと好きなんだよね」と言う臨也の言葉も、すぐにそれが嘘であると分かった。 むしろ、臨也本人もそんな言葉で静雄を騙せるなどと思っていないのだろう。 気持ちの悪い笑顔を浮かべやがって。どうせならもっと気合い入れて騙そうとしやがれ、とすら静雄は思った。 分かりやす過ぎる嘘に、けれど静雄は怒る事はしなかった。正確には、呆れていたのだ。 自分を騙すためだけにこんな下らない嘘までつくなんてこいつも馬鹿だな、と思うと、あまりの阿呆らしさに知らず笑顔さえ浮かぶ。 それは意味は違えども間違いなく、静雄の心からの笑顔で。当然、臨也に見せるのは初めてのものだった。 「俺もお前が好きだ」 嘘には嘘の、よくあるイタズラ返し。そこから何も生まれる事はない。それだけの、意味のない音の羅列。 …だったはずなのに。 臨也は何故か固まって、あろうことか静雄をそっと抱き締めた。 悪意のない接触に、静雄が反応が遅れた事を後悔するよりも早く「本当に好きだよ。シズちゃんも一緒だなんて、嬉しいな」と砂糖を蜂蜜で溶かしたような台詞が鼓膜を爛れさせる。 どうゆう事だ。 そのセリフは嘘ではない。 さっきは間違いなく嘘だった。それなのに、抱き締められ紡がれた言葉は切実で、紛れもなく本心で。決して嘘ではなかった。 つまり、こいつは本当に俺を… そう本能が理解をしたとたん、静雄の全身を満たしたものは純粋な恐怖と罪悪感だった。 人を誑かし騙すためだけに存在するその舌で真心を届けようとする臨也に、生まれて初めて静雄は恐ろしいと、逃げ出したいと感じた。 こんな臨也は、臨也ではない。 「今度は嘘じゃないから」 きみが、本当に好きだ。 真実しか含まないその言葉は、鋭利な刃物となって、今までのどのナイフや言葉や嫌がらせよりも深く酷く静雄を切り刻んだ。 殺される。 こんな酷い殺され方はない。 出来心でイタズラ返しなんてするんじゃなかった。 静雄はもう、どうしたらいいのか判らない。 臨也をこんな風にしてしまったのが自分なら責任を取らないといけないけれど。自分には到底、臨也を愛せる日が来るなんて思う事が出来ない。 無防備に心を寄せる臨也を前に、そんな彼を好きになれる自信がない自分が申し訳なくて、切なくて、静雄はそっと涙を流した。 それを見て、勘違いした臨也が「どうしたの?嬉泣き?」なんて、幸せそうに笑うものだから。静雄の涙はいっそう止まる事がない。 だって、 こんなはずじゃ、なかっただろう? 俺もお前も 20110722 お互い嘘をついて、片や良心に目覚めw片や良心に苛まれる、嘘から始まる恋人。嘘のまま続くのか、嘘に耐えられず終わるのか、は、分かりませんが。多分そのうち本当に両想いになってハピエンだと思います。 |