お試し2 | ナノ


※なんだかんだ、おためし第2弾です;;

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日課となっていたシズちゃんへの嫌がらせを、思考の隅にさえ捉える事が出来ないのは初めてのことだった。
いつもより数十倍も長く感じる授業を座っているだけでやり過ごし、道端に投げ出してしまいたくなるような鉛のように重い脚を引き摺ってようやく家に帰る。
ほとんど無意識に熱いシャワーを浴びたところで、やっと自分が自宅に戻った事を認識した。
少しだけ落ちつきを取り戻した頭が、まずはシズちゃんを犯した相手を探し出せと指令を下す。
薄暗い部屋でカタカタと忙しなく音を立てる手元を見ないまま、モニターにいくつか並ぶウインドウの文字を同時に追っていく。
これはあくまでただの暇つぶしだと自身に言い訳をしながら、自分の玩具を好きに弄んだ相手への嫉妬や憤りに気が付かない振りをした。

数時間、あるいは数日も有れば犯人を割り出す事ができる。臨也は最初そう安易に考えていた。
なぜなら、あの静雄を犯せる相手など最初から対照が限られているからだ。
例えば、池袋最強の力を無力化させる事が出来るような違法な薬を手に入れられる裏の人間や、あの化け物を物理的に押さえ込めるような集団。もしくは、有り得ないだろうが、個人だとしたら彼の膂力をいなす事が可能な武術の達人。
いずれにせよ、シズちゃんの行動範囲内でそれに当てはまるような組織や個人など両手の指の数ほどもいない。
シズちゃんが仮にどれだけ事実を隠そうとしても、アリバイのない者を潰していけば特定は容易で、結果をはじき出すのは時間の問題である。…はずだったのだ。

しかし、臨也の思惑はすぐに焦燥へと変わる。
どれだけ該当人物を絞り込んでみても、捜索範囲を広げてみても、危ない薬の流通もイカれた集団の怪しい動きも個人の空白の時間も静雄の行動と重なる事はなく、アリバイのない者や情報を操作した痕跡なども見つける事は出来なかった。
自覚のないまま根を詰めていた臨也が気を失うように眠りに落ち、目を醒ました時。休息を与えられすっきりとした優秀な頭脳は、情報のエキスパートである自分が犯人の影すら掴む事が出来ない原因に気が付いてしまった。

あの化け物を強制的に押さえ込む事は至難の技でも、それが合意もしくは強要される側に好意があったならば、相手がただの常人だとしても静雄を好きにする事は可能だろう…と。つまり、シズちゃんを犯した相手はシズちゃんがその力を使役する事を躊躇う一般人。
すなわち、シズちゃんの想い人。

くらりくらりと瞼の奥が揺れて気持ちが悪い。
けれども、臨也の思考は自身の懇願を裏切り更に推察を続ける。

それならば、自分のネットワークをもってしても犯人の尻尾を掴めない理由も、シズちゃんが抱かれてショックを受けながらも相手を受け入れただろう理由も辻褄が合う。

そう最終結論に思い至った時、臨也は頭を鈍器で思いっきり殴られたような衝撃を感じた。

シズちゃんに好きな人がいる。そして、シズちゃんはその相手にセックスを強要された。
セックスがいくら合意でなくとも、シズちゃんに好意があり抵抗をしなかったならそれは和姦となり、自分の出る幕ではないだろう。
シズちゃんにしてみれば、本意ではなかったにしろ本願でもあったのだ。

その事実は静雄が犯されたと知った時の比ではない。
今度は、臨也が呼吸の仕方を忘れてしまったように動けなくなる。
ズキズキと痛む心臓とガンガンと揺れる頭に眩暈を感じながら、臨也は長く静かに息を吐いた。


翌日から、臨也は今まで以上に嫌がらせをエスカレートさせ執拗に静雄を陥れた。
嵌めて騙して裏切って怒らせて。臨也へ向ける憎悪と言う感情が、静雄の心を真っ赤に染めるように、彼の心に自分の居場所を捩じ込むために、心血を注ぐ。
どうせなら、シズちゃんが思いを交わす前に自分が彼を犯し、それこそ一生消えない傷を作ってやれば良かったと毎日後悔をしながら…。

やがて季節が2度巡り、社会への片道切符が突き付けられる。
すでに静雄には、臨也とみるや反射の早さで襲ってくるほどの殺意を植え込んだ。
けれど、まだ全然足りない。
きっと卒業してしまえば、どれほど静雄に憎まれていようと自分がちょっかいをかけない限り、接点は極端になくなってしまうだろう。


一通り、同級生の一生に一度の卒業式を台無しにしておいて、臨也は屋上のフェンスに体を預けて空を見やった。
雲がふたつみっつぷかぷかと浮いているだけの、春先の優しい日差しに包まれた気持ちの良い小春日和だ。
分かりやすく曇天であれば己の気持ちも天気に任せる事が出来ただろうに。あまりに清々しい空に返って虚しい悲しさが去来する。
そんな臨也の気持ちを本能で感じ取っているのか、静雄も先ほどから殺し合いを中断しぼんやりと校庭を見下ろしている。
なんだか、いつもと逆だな、と知らず口元が弛んだ。明日からは跡形も無くなってしまう、日常。
毎朝、登校する静雄を見下ろす自分と、空を見上げ歩を進める静雄。もう二度と見る事は叶わない。

ふと空気が揺らいだ事に気がつき視線を降ろすと、シズちゃんがこちらをじっと見ていた。
絡む視線に優しく時が止まり、珍しくシズちゃんが顔を俯かせる。
その様子に、どうしたのかと声をかけようとすると、刹那早くシズちゃんが口を開いた。

「もしも、だけどよ…」


「もしも…お前なら。無理やり俺を抱いた時、そこに少しでも好意があるか?」


絶望と憤怒で息が止まるかと思った。

こんな時、まで。
最後の 二人きりの穏やかな時間にまで、シズちゃんは俺ではなく自分を犯した男を想うのか。


つまり、シズちゃんは、自分を犯した相手に自分への好意があったのかと訊いている。
もしも俺がそうだと肯定すれば、シズちゃんとそいつは晴れて両想いと言うことだ。

「バカじゃないの?好意なんてあるわけないじゃない。」

苦々しい思いでいっぱいで、自分がどんな顔をしているかなんてどうでも良かった。きっと醜い顔に違いない。
だけど、それがどうした。自身の表情もシズちゃんの片想いもどうでもいい。

「もしも、仮にさぁ。俺がシズちゃんを襲うなら、それは純粋にただの嫌がらせだよ。
むかつく相手をめちゃめちゃにして、傷ついた様を見て嘲笑うだけだ。
男なんて愛がなくても勃つ生き物なんだし。肉欲だけで嫌いな相手でも抱けるでしょ。

…なに?シズちゃんてば自分を犯した相手が好きなの?相手がシズちゃんを好きだから抱いたと思ってるの?
勘違いしちゃって可哀想。惨めだねぇ。

まぁ、俺なら、よっぽど気まぐれを起こさない限りシズちゃんなんて抱かないけど。
君を抱くぐらいなら女がいいもの」

犯された相手に心を寄せるなんて、絶対に許さない。


俺の返答を黙って聴いていたシズちゃんは、辛そうに顔を歪めると泣きそうな笑顔で「そうか…」とだけ声にした。
それに心の奥がツキリと痛んだような気がしたが、俺は全てに蓋をした。





20110628