昼食を食べ、すっかり満たされた体を休めようと人気のない階段を登っていく。 屋上に続く扉を開けてすぐに自分の迂闊さを呪った。 いつもなら彼はこの時間、まだ新羅と教室でご飯を食べているはずだった。だから確認を怠ってしまったのだ。 辿り着いた屋上にはすでに先客が。見慣れた金髪が柵に寄りかかって座っていた。 けれどどうしたのか、こちらに気が付いているはずなのに彼は視線をよこそうともしない。 ならば好都合だと屋上を後にすれば良かったのに…。 なんだか面白くなくて臨也は大股でその先客に近づいた。 「なにしてんの?」 平和島静雄ことシズちゃんは、親指と人差し指で薄ピンクの花びらを摘んでぼうっと眺めていた。力の強い彼が花びらを押し潰さないように、細心の注意を払っているのが分かる。 大事そうに愛おしそうにそれを見つめる姿に、少しだけ腹が立った。 どうせ、昼寝でもしているところにどこからか風に運ばれて飛んできただけだろうに…。 「べつに」 普段ならとっくに殴りかかられていてもおかしくないのに、俺がすぐそばに居てもシズちゃんは心ここにあらずといった状態だ。 まるで、桜の花びらに心を奪われたようじゃないか。 そう思ったら体が勝手に動いていた。自分の思考回路が馬鹿馬鹿しい。 「あっ!こら。臨也!!」 シズちゃんの手から花びらを奪う。 「なんだ、ただの花びらじゃん」 シズちゃんの焦ったような大事な宝物を取り上げられたような顔が面白くない。 こんなちっぽけなものが俺との喧嘩より大事? いらっとして奪った花びらをぱくりと口に入れてやった。 味もなにもない。 とゆうか、青臭くて不味い。 けれど、シズちゃんが心を寄せたものならば。それを食べてしまえばシズちゃんの心も食べられたような気分になって、少しだけすっきりとした。 すぐに花びらを奪われたシズちゃんが我に返って怒りだして、いつも通りの喧嘩が始まるに違いない。そう思った俺は、臨戦体勢をとってシズちゃんの一挙手一投足に神経を尖らす。それなのに予想した攻撃はいつまで経ってもこなかった。 「シズちゃん?」 見ると、何故か顔を真っ赤にしたシズちゃんが、ぱくぱくと口を開閉させている。 熟れたトマトよりも赤く染まったその顔に、疑問よりも庇護欲のような罪悪感が湧いてしまった。 「なにそんな可愛い顔してんの…」 自分の意思に反して勝手に言葉が口から滑り出る。 すると、すでに可哀想なくらい耳も首も真っ赤になったシズちゃんの目が、更に大きく見開かれた。 「か…可愛いって…」 シズちゃんは わなわなと震え、俯いたかと思うときっと俺を睨みつけて脱兎のごとく逃げ出した。 「ちょっと、シズちゃん?!」 とっさに伸ばした手は寸でのところで届かない。 花びらを食べたくらいでどうして彼が真っ赤になってしまったのか。その彼を見て何故自分は可愛いなどと思ってしまったのか。何より、心臓が口から飛び出してしまいそうなこの動悸と動揺はなんなのか。 自分でもよく分からないけれど、まずはシズちゃんを捕まえる事が先決だ。 そう判断した俺は、シズちゃんを追うべく屋上を後にした。 誰よりも目立つ彼を見つける事なんて、白うさぎの群から黒うさぎを探すよりも簡単だ。 ピンクのハート 捕まえたら、まずは口移しで花びらを返そうか… 20110415 静雄視点へ |