そんなに嫌なら隠せばいい | ナノ

「いっ…」
チクリと小さな痛みが首に走った。
目の前のノミ蟲。折原臨也の手には大きめの安全ピンが握られている。
どこが安全なピンなんだ…。
チクチクと痛むそこをそっとなぞると指にぬるりと僅かな血がついた。
こんな小さな傷なんて、ほんの数時間で治ってしまうだろう。それなのに、ナイフで刻まれた傷よりも痛く感じるのは何故だろうか。

「あれ?ピンなんかが刺さるんだ」
刺すつもりで攻撃してきたくせに、刺さったのが意外だと言う顔をされて怒りが増す。
「当然だろ。手前は人をなんだと思ってんだ」
「ナイフもきかない化け物でしょ?」
「…深くなくても俺だってナイフで切られりゃそれなりに切れるし、痛いんだよ」
「ほんの数ミリの傷で切れたとか、まな板もまっぷたつにできる数万円の特注ナイフに土下座で謝るべきだよねシズちゃんは」
「意味が分からねぇ…」
「そっかそっか、ピンなら刺さるのか…」
人を無視してぶつぶつ続ける臨也を黙らせようと、思いきり振り上げた拳は虚しく空を切るに終わる。
ひらりと身を翻し、タンッと塀の上に逃げた臨也は「今日はここまで!また明日ね」と捨て台詞を残して塀の向こうに消えた。



そして、臨也の言った明日、つまり今日。

目の前に現れた糞ノミ蟲は、右手に小さな鉤針のついたアイスピックのような物を持って、にこやかに笑っていた。
「シズちゃんに一生残る傷を付けてあげようかと思って!」
にこやかに笑っていても、言ってる内容も思考回路もこれ以上ないくらい下衆だ。
そんな物でつける傷なんて、昔からひとつと決まっている。大方、目でも潰そうとでも言うのだろう。
確かに目なんて古今東西生物の弱点だ。いくら俺でも目を潰されては流石に失明するに違いない。

ちっ、っと舌打ちをすると、それを合図に、距離を保っていた臨也が地面を蹴って襲いかかってきた。
とっさに左手で目を庇うと、予想どおりの場所に攻撃をされる。
薬指の根元に鋭い痛みを感じながら、用意していた右手で反撃をする。渾身のフックは臨也の前髪をかすっただけだった。

「大人しく殴られろ!」
「やだよ殴られたら死んじゃうでしょ。シズちゃんてやっぱり馬鹿だよね」
本気で殴り殺すべく、更に力を込めて両の拳を握る。
すると、思ったよりも深く刺さっていたらしい。傷口から溢れた血液は指の隙間をぬってぽたりと地面に落ちた。
スラックスに押しつけるようにして血を拭うと、傷口に薄黒いシミのようなものが見えて違和感を感じる。

何だろう。こんな跡には見覚えがある。小学だか中学だかで時々男子が騒いでいた…。
そうだ、この跡はあれに似ているのだ…

−貧乏刺青ー

「………」

頭をよぎった考えに、バカバカしい…と頭を振って否定をする。
そんなわけがない。
だからなんだと云う話だ。それをして何の意味がある。
傷を凝視したまま混乱している俺に、臨也は楽しそうに言った。

「あーあ。シズちゃんとうとう俺にキズモノにされちゃったねぇ」
「これね、正真正銘タトゥー彫るときに使うニードルだよ」
「鉛筆やシャーペンが刺さったら跡が残るでしょ?あれとは比べものにならないくらい一生くっきり残るんだよ」
「可哀想だねぇ。俺なんかに一生残る傷なんてつけられちゃって」

傷が小さいとかすぐに治るとか、そんなものはどうでも良かった。ただ、自分の体内に、目の前の男と同じ黒い色が流し込まれたと言う事実が、思考を真っ赤に塗り潰していく。

冗談じゃない。
この傷が治っても、黒子のような痕が残るなんて。
この先ずっと、死ぬまでそれを見続ける事になるなんて。
しかも、こんな。
こんな、左手の薬指に、なんて…。

怒号を上げながら掴みかかる俺に、臨也は更に楽しそうに続けた。


「一生ものの予約だよ」


嬉しそうに響くその声に、俺のなけなしの理性は完全にどこかに消し飛んだ。




そんなに嫌なら隠せば良い

俺の指輪、一個貸してあげるから

20110415

甘々通り越して勝手にプロポーズしてた折原に驚いた!折原おまっ…