カリカリとなにかを書き込む音と本のページを捲る音が小さく聞こえてくる。
せっかくの休日だというのに煩い家から逃げるように飛び出して辿り着いた先は家から少し離れた場所にある図書館だった。
ぱらり
ふらふらと図書館に入ると、分厚いハードカバーが並ぶ棚へ近付いてとりあえず目についたものを手に取る。
ぱらぱら
普段なら頭に入るはずの内容が全く入ってこない。
文字の羅列が煩わしい。
ぱら
「チッ」
思わず舌打ち。
「どうしたんですか?」
小さな、でもはっきりとした声が聞こえた。
声の元に視線を巡らせると小学生くらいの女の子がすぐ傍に立っていた。
「おにいさん、どうかしたんですか」
「なんで?」
女の子の黒い瞳が僕を真っ直ぐ見つめる。
「だって」
「おにいさんかなしそうなかおしてるから」
僕は全然悲しくなんてない。
むしろイライラしてるんだ。
そう喉まで出かかったけれど、そんなことを言ったら小さい子に八つ当たりしてるみたいだからやめておいた。
「お兄さんは悲しくないよ」
女の子の視線に合わせてしゃがみそう告げる。
「ほんとに?」
「うん」
にこりと笑って頷くと女の子は柔らかく笑った。
「…そんなことありましたっけ?」
「うん、あったよ」
覚えてないですね…と唸る涼華ちゃんの向かいに腰を下ろす。
「じゃあこれも覚えてないかな?」
「なんですか今度は…」
「あの後に涼華ちゃんが僕にまたお兄さんが悲しい顔しないように将来お兄さんの奥さんになってあげますって言ったんだよ」
僕もじゃあ涼華ちゃんに悲しい顔見せないように涼華ちゃんを奥さんにしてあげるねーって言ったんだよ、と言うと涼華ちゃんは急にわたわたしだした。
「ちょっ、私知らなっ…!!」
「まぁさすがにあの約束は守れないよ?涼華ちゃんは妹みたいだと思ってるしね」
「いや、守られても困りますから」
取り乱したのが恥ずかしかったのか、彼女はムッとした表情を浮かべてカップに口を付けた。
「その約束は守れないけどね」
「…はい?」
「もう悲しい顔はしないよ?」
「……当たり前ですよ」
そう言うと彼女はあの時のような柔らかい笑顔を浮かべた。