刹那主義者の欠伸





修学旅行委員のお仕事、ホッチキスぱちぱち終わらせるために、放課後の教室に残っていた女の子二人。
他の誰もいない場所での仲のよい友達同士の会話は自然とああいうふうな方向に流れていくというのはお決まりのことなんだと思う。つまりわたしたちもそれに当てはまるということで。




「好きんになった」

「誰を」

「うん、なんか」

「誰を」

「元彼の友達のクザンさん」




愛していると囁いてキスをして抱かれていた1つ上の彼と別れた。そして彼は浮気相手と付き合った。
悔しい、寂しい、と散々に思って彼を見ていたはずなのに、急に隣によくいるクザンさんがなんとなく気になるようになった。
なんであの人彼と一緒にいるんだろう。一体どこのクラスなんだろう。身長高いないくつあるんだろう。彼女いるのかな。
そして気がついた。いつのまにか彼を見るためじゃなくてクザンさんのことを目で追っちゃってたんだと。
そうなったらわたしはどんどん落ちていくタイプ。
どうしようもないぐらい他の他人への興味が薄れていく。元彼なんてもはや今誰と付き合ってるのかもよくわからない。


「クザンさんかー……レベル高いわね」

「あの人モテるの?」

「あの身長とあの容姿」

どっからどう見たってモテると友達は言った。
言われてみればクザンさんの周りには誰かしら女の子がいる。三人ぐらい決まったメンバーで。
ああいう女の子たちって三人とも同じ対象を狙っているのだとしたら、その中の一人がいい感じになってしまったときどう感じるんだろうか。
なんだか嫌なことな気がしてわたしは考えをやめる。
とにかくクザンさんはよくモテているという事実。



「わたしってやっぱり普通なのかな」

「なんだそりゃ」

「人気者を好きになるとかって」

「十分に変な子だから」

「そっか」



わたしがそう答えた後、彼女は立ち上がって、じゃあ彼氏迎えに行ってくるわーっとさっさと仕度して教室を後にした。
まだ仕事残ってるぞ、とは思ったがそんなこと言ったって止まる彼女じゃないと知っているのでまだ手元にある紙達を留める



トントン、紙を揃える音

カシャン、ホッチキスで留める音

カキーン、グランドから飛び込む金属音




一人になると周りの音がとても気になる。足音1つでもなんとなく振り向いてしまう。願わくはその足音がクザンさんのものであればいいと思うけれど帰宅部であるクザンさんがこんな時間まで学校に残っているとは思えない。
というか家に帰ってクザンさんは何をするんだろう。やっぱり寝るんだろうか。はたまた部屋に女の子を連れ込んだりとかしてたり。いやクザンさんに限ってそんなことないだろうな。絶対寝てる。彼女ができたとしてもデート中寝ちゃうんだろうな。
わたしがクザンさんについてわかってることいえば、性別、年齢、容姿、よく寝ているということ。最後の1つは元彼から聞いていたことである。廊下で時折すれ違うだけではそれぐらいの情報しか入らない。それなのに好きだなんて、薄っぺらい気がしないこともない。

そんな下らないようなことを考えながらもわたしは順調に進め、あと残り何冊かになった。
すこし休憩しようと体をグッと伸ばした。ほとんど同じ体制でいたわたしの体はガチガチに固まっていたようであちこちからいろんな音がした。

わたしはケータイをカバンの中から取り出す。着信を知らせる光の点滅を確認し開いてみると、そこにあった名前にケータイを持つ手が固まる。

なんで元彼から……?

わたしは別れてからというもの完全に連絡を断っていたためアドレス帳からも消していたつもりでいた。
いくらクザンさんが好きだと思ったところでやっぱり元彼との思い出のがまだまだ鮮明である。
胸の奥が強く握りしめられたかのように苦しくなる。
なにかあったのかなと画面を目の前に考えたけれど友達があいつには連絡するなと言ったのが頭をよぎってかけ直すことを躊躇っていた。着信はつい一分前。どうする。どうしたら。点灯時間をすぎ画面が真っ暗になったと思ったすぐだった。画面がぱっと明るくなりケータイが震えた。

わたしは反射的に通話ボタンをおしてしまった。ごめん約束破った。なんて後悔の波が水をひいていくのを感じた。


「あー……、なまえちゃん?」

しかし、電話の向こう側は聞きなれない声だった。気だるい眠そうな声。聞きなれないもののどこかで聞いたようなその声。


「おたずねしたいんだけども、どこにいるのかな」


「え、あの」


「25HRの教室の電気はなまえちゃん?」


「そうですけど……失礼ですがお名前を伺っても?」


「あれれー?、クザンっていったらわかるかねー」


「え、あ、はい」


「いまから、そっちいくから動いちゃダメよ」



そこで電波の切れる音がした。
わたしの心臓は急に鳴り出す。さきほどまで嫌な痛みを抱えていたというのに今度はわたしのからだの外へと響いてしまうんじゃないかというほどの鼓動の高まり。
まだ状況をとりきれてない私の目の前には予想以上に早い訪問者。



「……なまえちゃん」

わたしの名前を口にして、教室の扉のサッシを潜るようにして現れた、目で追っちゃうぐらい意識している人の姿。


「……な、なんで、あいつのケータイからなんですか?」


すこし震えたわたしの声はいつもの何倍も小さい声になっていた。
なんで、どうして、で頭の中がいっぱいいっぱいだった。


「いやあ、ね?だって俺、なまえちゃんの番号知らないからさー」


「じゃあその、わたしになにか用事ですか?」


用事があるならそれを済ませなくてはこの人は家に帰ることができないんだろう。
ならはやく解決させなきゃと思ったのにその答えはわたしの予想を見事に外していったのだった。



「なまえちゃんのこと、好きなんだ」



スキ?すき?好き?Suki?
日本語であるはずの言葉なのにわたしの頭がそのままの意味を受けとることができなかった。
キャパオーバーを起こしたわたしは黙ったまま彼を見上げればまた口が動いた。


「最初は、あいつの元カノってことでどんなやつか気になっただけだったんだけどよー……まあ、ほらなりゆきってやつだな、ほんと」


え、なにそれ、わたしと一緒。とまだパニックの真ん中にいたのにそれを聞いた瞬間何故だか落ち着いた。そんな都合のいい展開でいいんだろうか。


「でも、クザンさんからしたらわたしってあいつのお古みたいになっちゃうけどいいんですか?」


余計なことを聞いてしまったとも思うけど、やっぱりちょっと気になるところだと思ったので、だってほらなんか気まずい気がするし。



「今がよけりゃいいんじゃねーの?」



彼は近づいてきてぎゅっとわたしを抱き締めた。その時に気がついた。速い鼓動はどうやら一人のものじゃなかった。あの言葉嘘なんかじゃないんだと安心した。

「わたしも、すきです。」


抱き締められたままでは彼の顔を見ることはできないけれど、たださっきより強い力で抱き締められたことがなによりも嬉しかった。




刹那主義者の欠伸
(過去なんて過去だぜ?)







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