君が笑うその寸前に









帽子をとったローの横顔はいつもよりも疲れてみえた。もともとくまがひどいせいもあるかも知れないけれど。彼は三人掛けのソファーの真ん中にどっかりと座った。息を深く吐く音が少し離れている私にまで聞こえてきた。
今、船の中にいるのは今日は二人で船番のくじを引いた、わたしと彼だけである。他の仲間達は各々の目的をもって島へと上陸している。


「疲れてる……?」

「まあな、少し眠い。」

「大丈夫?」

「……大丈夫だ。」




久しぶりに二人きりになれたわけだしこれは恋人らしくするチャンスだっていうのに、このあとにつながる会話が思い付かなくてわたしは頭をひねったけれどお疲れな彼にバカみたいに話しかけるのも気が引けた。




「随分と面白い顔芸だな。」

「え?」



わたしが拍子の抜けた返事をすると、彼の口許が少し笑った。久しぶりに笑った顔を見たな、なんてちょっとだけドキッとしたが、我にかえればそんなに可笑しな顔をしていたのだろうかと羞恥心で顔に熱が集まるのを感じた。


「ほらなまえ、ここに座れ。」

「え、なんで」

「いいから言うことを聞け。」


聞かなければ許さないと彼の顔が言っていたので少しビクビクしながらもそこに腰を掛けた。
こんなことをするのがわかってたらもっとちゃんと化粧したのにな。


「二人になるのは、久しぶりだな」

「そ、そうだね!」


そう答えるとわたしの右手に長い指が絡み付いた。わたしは彼の瞳を覗いた。すると彼は前のめりになってきて私の視界には彼の顔しか見えなくなった。うまく目を合わせられなくなって視線をそらすと彼は空いていた方の手で私の顎を固定した。聞こえてしまいそうなぐらい大きな音で心臓が跳ねていた。


「緊張してるのか?」

「ち、近いよ」

「質問に答えろ」


そういうと近くなっていた顔がもっと近づいてきた。わたしはぎゅっと目を閉じると、頬にかぷりとかじりつかれた。わたしがそれに驚いて目を見開くと、今度は唇が重なったのだった。


「びっふりひまひた。」
(びっくりしました。)

おもわず、わたしはまだ唇がくっついたままなのにも関わらず口を動かしてしまった。ふっと口許に息がかかったと思うと、少しのあいてしまった唇をこじ開けるように舌が割り込んできた。
はじめての感覚にわたしはすこし眉をひそめた。自分のものではない舌が口の中を一周して私の舌を弄んだ。ぐちゅぐちゅと頭に直接音が届いて、息がくるしくなっていくにつれ力が抜けてしまった。
完全に彼がわたしを倒したような体制になったとき、やっと口の中から舌が引き抜かれた。


「ぅはぁっ……!」

低酸素状態になっていた私は思いきり空気を吸い込んだ、がそれでも足りずにわたしは肩で息をした。


「どうした、疲れたか?」


涼しい顔をしてさらりといいのけたローの顔には先程までの顔とはうってかわって生き生きとしていた。



「ううん、大丈夫」


「好きだ。」


「わたしも好きだよ。」


君が笑う寸前に
(わたしはゆっくり瞳を閉じた)









mae ato
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