「ねぇ、イゾウさん」 「なんだい?」 わたしが話しかけるとぐっと彼は顔をこちらに近づけてきた。それに驚いて少し顔を離すと「イタズラしたくなっただけ」と笑ってゴメンと手を合わせた。 「どうした?」 「イゾウさんって何が好き?」 「なまえ」 あまりにも彼が即答をしたので恥ずかしくなった。付き合いはじめてもうたくさんの時間を過ごしてきたけれど、彼は付き合いたての頃となにも変わらないで私を大切にしてくれる。普通はすこし変わってしまうものだと思うのだけど。 「イゾウさんは、私に甘いすぎる気がする。」 「俺が好きでそうしてるんだから気にしなくていいんだ。」 「そうかなあ。」 わたしはちょっと納得のいかない顔で彼を見つめた。すると彼は困った顔で笑ったと思うと白い腕がのびてきて、ぐいっと引き寄せられた。そしてそのままわたしは彼の胸のなかにおさまった。イゾウさんの鼓動よりわたしの鼓動はうんと速くて聞こえた。彼はなにも言わずに私の髪を優しく撫でた。 「無色のガラスに色をつけるにはどうすればいいかなまえは知ってるか?」 「んー、わからない。」 食紅かな、なんていうと彼は私のことをお馬鹿だと笑った。でも知らないことは悪いことじゃない。と私のことを撫でた。 「着色するための金属の粉がいる。」 「へー、それって混ぜるの?」 「そう、混ぜて一緒に溶かすんだ」 もとはといえばガラスも黒い粉だと言った。わたしはそんなことも知らなかった。イゾウさんは私の知らないことをいつも教えてくれる。二人でわからないことは一緒に本を読むこともある。イゾウさんは真面目な人だ。 「海の色にするために使うのは」 「使うのは?」 「塩化コバルト」 「へー、知らなかった」 「つまり何が言いたいかというとかというと」 彼は私の目線にあわせて身を屈めると唇を押し付けるだけのキスをした。わたしは目を閉じるのを忘れて彼と目が合った。すると彼は笑って口を開いた。 「君は俺に色をくれたんだ。」 塩化コバルト (君が世界に色をくれたと) mae ato |