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03.新学期


遅れて教室に入るとふたりはもう座っていて、ほかの生徒も行儀よく新しい担任が来るのを待っている。
窓際の後方の席が空席になっていた。
その後ろでもろちんが嬉しそうにこちらへ手招きしている。
まみむめも、だからあそこが俺の席らしい。
「ラッキー過ぎじゃない俺達?」
「春休み中バレー合宿頑張ったお陰かも」
雨で湿ったリュックを机の横に掛け、教室をぐるりと見回す。
ある一点、グリーンの制服がない席を見留める。
「ねー、もろちん」
「どした?」
「まだきてない人いんのかな」
自分たちの右側斜め後方。
遼太郎の斜め右後ろの座席だけ空席だった。
「へ〜初日から遅刻とはやりますな」
「むいちんが言うのかよ」
それもそうだ!と二人で破顔する。
どんな子が来るのだろう、不登校かな?アイドルの荒井チャン似の女の子がいい。荒井チャンより俺は百瀬ちゃんの方がいいな〜。
好き勝手話しているうちにカツカツと廊下から足音が聞こえ始めた。担任のお出ましだ。


春休み中油をさしたばかりのドアは簡単にスライドされるようになっている。少しの力でもすーっと開くくらい。逆に言えば力を入れすぎると大きな音を立てて盛大に開くため、みんなの注目を浴びてしまう、というわけだ。今みたいに。
ビシャン!と大きな音を立てて入室してきた人物に一斉に視線が刺さる。
「…何見てんだよ」
アッシュブラウンのアシンメトリーヘアに、エメラルドグリーンの特徴的な瞳。そして何より整った顔立ちがその男を誰か知らしめるのには十分だった。


廣重成海。見た目はおとぎ話の王子さま、中身はなく子も黙る札つきの不良である。色々不埒な噂だとかあるけれど、去年の秋に3人の他校生と殴り合いをして勝利を収めたのはまだ記憶に新しい。
「成海も同じクラスか〜!」
静まり返った教室の沈黙を破ったのは遼太郎だった。
いきなり過ぎて背後から突然上がった声に肩が跳ねる。声大きいよもろちん…。
「成海の席俺の斜め後ろ、早くしないと担任来ちまうから!」
早く来い来い。
俺の時と同じくもろちんは廣重成海を手招きする。
ねえねえねえ、なんでもろちん不良王子とそんなに仲いいの?
どういう関係なの?
あっ、不良王子は俺が今つけたあだ名ね。
嵐のように吹き上げる好奇心をぐっと抑えて二人の様子を伺う。
「すごい雨だったよな。あっ、まだ降ってるか」
にこやかに声をかけ続けるもろちん。
目立ち過ぎた彼をフォローしてるんだろう。
やっぱり優しいよ。本人は気づいてないだろうけど。
その甲斐あってか教室はいくぶんかざわめきを取り戻していた。
「……」
そんなもろちんをスルーして視線を上げないまま廣重成海は席につく。
もろちんの折角の好意を無視しっぱなしって。
「なんか」

感じ悪い。

ピシャンと教室のドアが開く音と共に若い男性教師が入ってくる。
「うわ!めっちゃ開くね!遅くなりました。それじゃあHR始めます」
飲み込んだ一言はタイミングを失って浮上することは無かった。


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