木蓮の幻

 春休み、俺の世界はただ白いだけの部屋と窓から見える変化のない世界だけだった。
あまり人が出入りしない2階のその部屋から僕は出ようともしなかった。
なぜなら俺は窓の外の世界と同じように変化のない毎日を仕方のないことだとあきらめていたからだ。
窓の外の世界では中庭にある木が生い茂っているのが見えるだけだった。
窓の外の世界がはじめて変化を見せたのは春だった。
中庭に木に白い花が咲いたのだった。
だが俺は自分のいる部屋と同じただ白いだけの花が好きにはなれなかった。

目が覚めて一番に白い花を見る為に窓を開け、寝る前に窓を閉めるのが僕の日課だった。
その日も目が覚めて寝ぼけ眼をこすりながら俺は窓を開けた。
「え?」
からからと音をたてて窓が開くと窓の外の花の付いた太い幹に花と同じ白いパジャマ着た自分と同じぐらいの歳の少年が座っていたのだった。
「あー、おはよう?」
「……、落ちるぞ?」
「平気だよ。君もこっち来る?」
「いや、落ちたら困るし、遠慮しとく。」
「あはは。ここ、結構見晴らしいいんだよ?」
俺と彼は名乗ることも、時間の経つのも忘れて話し続けた。
彼の表情はころころと変わり、俺を飽きさせなかった。

しばらくして、俺の部屋のドアのたたかれる音がした。
多分、母が見舞いに来たのだろう。
僕は「ちょっと待ってて」といって部屋のドアを開けた。
母は部屋に入ってきながら
「誰と話していたの?」といった。
窓のほうを見ると彼はいなくなっていた。
あぁ、見つかったら看護婦さんに知らされてしまうからか。
この部屋に来て初めて楽しいと感じた時間を思い出し、俺は少し微笑み「秘密。」と答えた。
母は不思議そうにしていたが、かまわず俺はベッドに座った。

それから毎朝俺が窓を開ける前に彼は木に登っていた。
「おはよう。……元気?」
「あぁ。……おまえ、仮にも病人なんだろ?いいのか、そんなところにいて。」
「いいの、僕は。」
「僕は、って何だよ。」
「……なんだろうね?」
彼は、何かを隠すように曖昧に笑った。
初めて窓枠越しに出会ってからすでに1週間は経っていたが僕らは互いの名前を知らなかった。
一度聞いたことがあったが、彼が『名前を知ってしまったら余計に別れが辛くなるだろうから』と言ったからだ。
「お前は、木に登るのが好きなのか?」
ある日俺は尋ねた。
すると彼はこう答えた。
「木に登るのが好きなんじゃなくて、この木蓮が好きなの。この花はね、下から見上げても綺麗なんだけど、上から見るともっと綺麗なんだよ。だからね、ここは僕のお気に入りの場所なの。」
春のまだ冷たさの残る風に髪を遊ばせ彼は爽やかに言った。
「君は上からしか見たことがないの?もしそうなら今度は下から見てみなよ。」
俺は頷いた。
「気が向いたら、な」
木蓮と言うらしいこの花はあまり好きではないが、彼がそこまで言うならそのうち見てみようと思った。

次の日、木蓮の花が咲いてから初めて雨が降った。
当然、こんな天気だから彼は来なかった。
久しぶりに1人で過ごす午前中だった。
窓の外では木蓮が雨水を受けていた。
『君は上からしか見たことがないの?もしそうなら今度はしたから見てみなよ。』ふと昨日彼が言っていたことを思い出した。
「…何もやることが無いしな。」
この白い部屋に着てから初めて部屋の外に出た。
廊下ですれ違った看護婦さんに『部屋のから出るなんて珍しいわね』と言われた。
適当に答え、俺は傘を借り、中庭の木蓮の下へと行く。
木蓮の花は上から見るのとは違った印象を僕に与えた。
「……綺麗だ……」
木蓮の花は何とも言えない荘厳な美しさを感じた。

それから数日間、雨は降り続けた。
木蓮は振り続ける雨を受け散っていった。
やっと数日後に晴れた朝、窓を開けると彼は木蓮の幹の上にいた。
「……もうすぐ、全部の花が散っちゃうね。」
寂しそうに、近くにある花を撫で彼は眼を伏せた。
「木蓮の花が散ったら、季節が一巡りしてまた、この花が咲くまで僕はここには来れない。」
そして彼は伏せていた眼を開け、続けた。
「だから、もし、季節が一巡りする前に僕にもう一度会いたかったら、僕がこの幹の上で君を偶然見つけたように、今度は君が僕を見つけて欲しい。」
「……わかった。もし、僕がお前を見つけられたらそのときは名前、教えてくれないか?」
かの彼は何も言わずただ微笑んだ。
多分、それは肯定の意味を含んだ微笑だったと思う。


その日、最後の木蓮の花が散った。


朝窓を開けると木蓮の木にすでに花はなく、新緑の葉が開き始めていた。
彼は木の幹の上にはいなかった。
彼のいない午前はとてもつまらなかった。
「俺は…きっともう一度彼に会いたいのだろうな。」
自分が探さなくては季節が一巡りするまで会えなくなる。
俺は、彼を探さずには居られなかった。

「すいません、人を……探しているんですけど。」
たまたま廊下をすれ違った看護婦さんに彼の特徴を伝え、居るであろう病室を聞いた。
だけど、看護婦さんは何故僕が彼のことを知っているのだろうかと言うような不思議そうな顔をしていた。
僕は思わず走り出していた。
看護婦さんが注意するのも聞かず、彼の居る病室へと走り出していた。



「先生、それで、その男の子は女の子に会えたの?」
「……会えましたよ。」
「そっかぁ、良かったね。」
中庭の木蓮の木の見える大人数部屋の病室に入院している子供たちは口々に良かったねと嬉しそうに話の結末の感想を述べた。
木蓮の最後の花が風に揺れていた。
短い春の物語が終わり、僕が事務室に戻ろうとしたとき、一人の看護婦が話しかけて着た。
「先生、その話って……」
「実は、この話には続きがあるんです。」
俺は懐かしい思い出の続きを再び語り始める。


俺は、中庭に面していない彼の病室で彼を見つけた。
だけど、彼は木に登ることなど出来ない状態だった。
彼はもう1年以上も前から眠り続けていたのだから。
俺は彼の名前を聞くことが出来ないまま病院を退院した。

8年後、俺は病院に戻ってきた。
今度は医者として。

「彼は今もここで眠り続けているんです。俺は、季節が一巡りする前に彼を見つけました。だから……名前を、聞きたいんです。彼の口からちゃんと。」
話し終えるとあわてた様子で、廊下の向こうから誰かが走ってくるのが見えた。
「30×号室の患者さん、目が覚めたんです!」
30×号室…彼のいる病室だった。
俺はあの時と同じように走り出していた。

「失礼します。」
あわてて病室のドアを開けると8年前から少し成長した彼が居た。
やっと本当の意味で彼に会えたというのに俺の口からは一言も出なかった。
思い出話も、自己紹介も、季節が一巡りする前に見つけられたのだと言う報告も、言いたかった言葉はどれも俺の口から出なかった。
言葉にする前に、彼に会えたという嬉しさがあふれ出して、言葉に出来なかった。
「……木蓮。窓の向こうの…夢の中の男の子…」
「夢じゃ、ない。君は、確かに8年前、木蓮の木の上に居た。…俺は季節が一巡りする前に、君を見つけた。」
「季節が、一巡りする前に……僕、僕は―――――」










++++++++++あとがき++++++++++
こちらのサイトに移動して初投稿作品です……
この作品は高校の時に書いたやつの手直しなんですが……なんか見ててはずいです…文章力とか、あの当時より落ちてそうで怖いなぁ……

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