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 星見の水晶が今まで見た事もない様な輝きを放ったのは、主が村の者に頼まれた熱冷ましの薬を調合している最中のことだった。
「………えっ!?」
 顔を上げた瞬間、目に飛び込んできたその光のあまりの眩しさに、アルシアは思わずギュッと瞼を閉じる。しかしその光は、目を塞いでもなお…焼くような輝きを放ち、しばらくすると何事も無かったかのようにフッと掻き消えた。
「なん…だったんだ、今の…」
 アルシアは作業を中断し、水晶の置いてある隣の部屋に移動する。曇りなく透き通った水晶は、いつもと同様の姿でそこにあった。しかしよくよく覗き込むと、散らばる小さな星の中にとても大きな星が瞬いている。
「うわ…こんなの見たこと無いや…」
 手を触れると、ほのかに温かい…こんな事は初めてで、アルシアは訳も分からずその水晶を見つめ続けていた。
「ただいま戻りました、アルシア様。昨日から急に暖かくなったせいか、村の白木蓮が一斉に花を咲かせててとても綺麗でしたよ。あまりの美しさに見とれていたら、村の方が一輪分けて下さって…。あ、そういえば…教会の西に住むメルダームさんの奥さんがギックリ腰を患ったとかで…出来れば薬を欲しいと言ってました」
 そんな空気を打ち破るようにドアが開いて、続けざま細かな村の日々の姿を報告したのは、アルシアに仕えるエイダという名の若い娘だ。年の頃は、二十歳前後…肩口で切り揃えられた髪を一部頭の上に軽く結い上げた、溌剌としていて健康的な、年相応の明るい娘である。
「ああ…おかえり、エイダ」
「はい。村長さんちの双子ちゃんに渡す予定の熱冷ましはもう出来ましたか?」
「あ、いけない…すっかり忘れていたよ」
「もう…っ!!」
 抱えていた買い物袋を台所へと置いて、主の机の上にほったらかしにされたままの調合薬にふぅと息を漏らしながら、先刻村の人から頂戴した木蓮の花を一輪、花瓶に生けてやった。
「どうです?春の訪れを感じるでしょう?」
 それを部屋の一番日当たりの良い窓際に飾りながら、自慢げに花瓶を見せつけるエイダに、アルシアの口元もついついほころんだ。
「本当だね…。あ、首からもげてしまったから分けてくれたのか」
「違いますー!ご厚意です!」
 事実ながら思いやりの欠けた主の言葉に頬を膨らませながら、エイダは彼に反論してやる。そんなエイダの仕草をにこやかに見つめつつ、アルシアは再び頼まれた作業に戻った。
「出来上がったら、すぐに持っていきますね。双子ちゃん、まだ熱が下がらなくて苦しそうにしてましたから…」
「そうだね、そうしてくれると助かるよ。まず目の前の仕事を片付けるとするか!」
「メルダームさんの奥さんの薬もですよー!」
「解ってる!」
 改めて作業机の椅子に座ると、隣の台所から追い打ちをかけるみたいにそう付け足されて、ついついむくれながら返事をしてしまった。



 レディウス国の最北端…そこにある小さくも豊かな農村ミルド村から、細い道を更に北へと数分歩いたその先に、星見の塔と呼ばれる塔がある。
 古くから代々魔導師たちが管理するそれは、村の民に愛され、共存するかのように受け入れられてきた稀有な塔だ。アルシアは、その塔の五代目の管理人を務めている。もっとも、先代魔導師が行方不明になって以来の、代理…ではあるけれども。
 日々の生活に大した不満も無い。魔法の蔵書も多数取り揃えられたこの塔は、まだ見習いの肩書であるアルシアにとっては、様々な研究をするのにうってつけの環境だった。
 塔で修業を開始したのは七つの時。ここでの暮らしももう十年になる。師匠が行方知れずになってからは、村の住民たちから受けた依頼をこなしたり、読書をしたり、たまに散歩がてら隣の町の本屋を覗いてみたり…そんな暮らしを淡々と送り続けて、三年近くが経過した。17歳の誕生日はつい二ヶ月前に過ぎたばかりだ。
 けれど…そんな代わり映えの無い生活には、少しだけ飽き飽きしていたところである。そこへ来て、あの水晶の予言だ。
(あれだけの大きな星は見た事が無い…きっと飛んでもなく強い魔力の持ち主が、この大陸に現れたんだ。それも、突然…)
 出来上がった熱冷ましの薬を、一回分ごとに小分けにして紙で包みながら、心はあらぬ方へ飛ばしたままのアルシアは考えていた。
(同じ魔法を扱う身として、気にならない訳は無いじゃないか…!!)
 ついでに手早く作り上げた腰痛の塗り薬は、熱湯で殺菌消毒したばかりのガラス瓶に詰め、二つ揃えて籠に入れたところでエイダを呼ぶ。
「薬が出来たよ、エイダ。用量はいつもの通りだから、説明してくれる?それと面倒だけど…すぐに村まで届けてあげて」
「あら、お早い!さっきまで熱冷ましの薬すら出来上がってなかったのに」
「余計なお世話っ!……あ、あと僕はこれから数日間塔を留守にするから…悪いけど戸締まりを宜しく頼むよ」
 洗い立ての布巾を籠のうえにかぶせ、すぐに出掛けようとそれを抱え上げたエイダの背中に向かってそう告げると、くるりとこちらを振り返り、彼女はいたく感激した様子でアルシアに近寄ってこう言った。
「あらあら…あの暇さえあれば四六時中、塔に籠もって本ばかり読んでいるアルシア様が外出なんて、お珍しい!一体どちらにいらっしゃるご予定なんですか?」
「一言多いんだよ…もう!」
 一歩降りた階段の下から顔を覗き込まれて、ふて腐れ気味にそう怒鳴りながらも、ニヤリと笑みを浮かべながらアルシアは宣言した。
「北の…フロスティルトかな、多分!」
 自信満々の口調の割には頼りない言葉を口にする主に、それでも久し振りに外界へと向いた興味を嬉しく思いながら、エイダは頼まれた薬を届ける為に夕暮れの塔の長い階段を、村へと向かい急いで駆け下りていった。


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