‡4‡


 フィルディリア神殿の長、ダルムトが彼女に気付いたのは、ひととおり町の住人達を神殿の中へと避難させ終えた、そんな頃合いだった。
「ミファールッ!!」
 自身の聖なる魔法で必死に魔物達を退けつつ防護を続けてきた彼は、親しい者の姿を見つけ悲鳴に近い声で名を呼んだ。
「おお…無事だったのか!もう水汲みに出た後と聞いて心配していたのだぞ」
 ふらり、とした足取りでこちらへと歩み寄るミファールの両肩に手を置き、心の底から安堵してそう語り掛ける。だが、彼女からの返事は無い。
「ミファール…?」
 不思議に思い、もう一度呼び掛けた。やはり返答は無い。俯き黙り込んだままだった。
「ああ、可哀相に…優しいお前のことだ。余程恐ろしい思いをしたのだな…」
 そんな彼女の様子を察して結論づけ、しわの刻まれた手をそっとその頬に添えてやった。
「ダルムト様っ…このままでは持ちませんっ!!神殿の中に避難を!!そこで迎え撃ちましょう」
 隣にいた兵士が、対峙していた魔物の一匹を切り伏せて叫ぶ。腕に覚えのある警護の兵士達だが、数で攻めてこられれば非常に分が悪い。ひとところに集まって結界を張った方が得策と考えたのだろう。ダルムトもそれに同意した。
「…そうだな。ミファール、お前も来なさい」
 ミファールの手を取り、神殿の入口を目指し駆け出した。既に住民達の避難は終えており、残るは応戦を続けていた兵とダルムトのみだ。他の者にも伝えたのだろう、戦いを続けていた兵士らが続々と神殿へ集まってきていた。
「神殿長様、お急ぎ下さい!!すぐ扉を閉めますので!!」
 重い鉄扉の内側から、別の兵士が急かした。ダルムトもそれに従い、老いても丈夫な足腰に鞭を打ちつつ、必死にその扉をくぐり抜ける。後続の兵士達も神殿へと避難を終え、堅い扉をまさに閉じようとした、その瞬間…─
「……ッ!?」
 今まで大人しくダルムトに連れられてここへ
来たミファールが、ゆらりと振り返り…誰もが
止める暇も与えずに外に向かって駆け出した。
「ミファールッ!!何処へ行くつもりだっ!!」
 神殿を出るすれ違いざま、隙を突いて兵士の腰から剣を引き抜き、風の様に外へ飛び出したミファールを見送ったところで鉄扉が閉まる。
「何をしているっ!!扉を開けてくれっ!!」
 真っ青な顔をしてダルムトがそう叫んだが、無表情に首を横にやりながら重苦しい声で兵士がそれを押し止めた。
「神殿長様…無理です。彼女一人を助ける為に町の全ての者を危険に晒す訳にはいきません」
「そんな…ミファール…。そんなどうして…」
 うわ言のようにそう呟きながら、神殿の長は床に崩れ落ちた。そんな声は聞かぬ振りをし、兵士は神殿に残る全ての神職者達に淡々と命を出して即座に結界が張られた。当分は、これで魔物の侵入を防げるだろう。
「ミファール…ミファールや…」
 ひと時の休息を手に入れたフィルディリアの住民たちの安堵の声に、ダルムトの悲痛な呟きは儚く掻き消えていった。


* * * *



 気配を感じて男が振り向くと、先刻見た覚えのある人間が静かにそこに立っていた。
「お前は…町の手前で会った女…か…」
 線の細い女性が、その体躯に見合わない重い剣を引きずるようにして持ちながら、こちらをただ見つめていた。
「この状況で…逃げずに立ち向かう…か。命が惜しくはないのか?」
 女からの返事は無い。代わりにスウッと剣が構えられた。
「ああ…命知らずなだけ…か…。まあ…良い。殺せば殺すほど…女神は姿を現すのだからな」
 手近にいた魔物を無感情に女へけしかける。鋭い牙が細い喉元に食らい付こうとした瞬間、鈍い音と共に魔物の体が二つに裂けて呆気なく地面へと転がった。
「何…」
 刀身にこびりついた真っ赤な血を振り払い、なおも黙ったままの女が再びそれを構える。
「お前…まさか…」
 男が言うが早いか、女の足が地面を蹴った。一気に縮まる距離に対処しきれず倒れるようにして一撃を避けると、かすった切っ先が目深に被っていたフードを切り裂き、男の顔をあらわにした。浅黒い肌に、血の色をした赤い瞳…。それは、魔族特有のものだ。
「見つけた…見つけたぞ。お前が『そう』なのだな…っ!!」
 ぎらついた目で女を見つめ、高揚する口調を隠すこともせず、男はそう言い放つ。だが続く言葉よりも早く、銀色に輝く軌跡が宙を薙いで彼の胴体と首を二つに分けていた。
「この気配…やはり…やはりお前が…そうか。見つけたぞ…女神…ヴェンディーヌ…」
 しゃがれた声で呟かれた言葉を最後に、男は事切れていた。その瞬間、ザアッという乾いた音とともに男の体が砂となって崩れ去る。魔力のみで構築されたその体が、魔力との繋がりを失ったが故の、魔族特有の虚しい死に様だ。
 冷めた目でその男の最期を見つめていた女…ミファールは、手にした剣を構え直しそのまま走り出した。街中に残る、あの悍ましい魔物を全て屠るまで、その体が止まる事は無かった。


prev - next
P:6
4/13

back


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -