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 私の名前はフローラ。フローラ・キャシー・ウェイダルマス。この世で一番尊敬する祖母、シェラ・ウェイダルマスからその名を継いだ、何よりも自慢の名前だ。仲良しのレイシーからは『姫様』と呼ばれているけれど、実際は王族でも貴族でもない。単に、我らが種族を束ねる家系の為、形式的にそう称されているだけだ。
 私たちの種族は、大地の民と区別するように彼らから『月の民』と呼ばれている。
 夜空に浮かぶ黄金色の月…それとは別にもう一つの月がある。大地の民からは『鏡の月』と呼ばれる土地。底部が丸く半球の様な形をしており、昼間は魔力で空の色を映すために目には見えず、夜にだけうっすら魔力で光る神出鬼没の浮遊島…それが私たちの住む地だ。神出鬼没とは大地の民の目線であり、実際は全ての大陸の上で、ぐるぐると空の中を回遊し続けているだけなのだけれど。
 なんでもその昔…大地の民の住まう大陸に、険しい山々に囲まれた小さいながらも豊かな国があったとか。その国は気候が穏やかで争いも無く、とても肥沃な地だったという。その上、国民たちは非常に強力な魔力を、先天的にその身に宿していたらしい。まるで楽園…そう人々に称されたその王国は、やがてそんな豊かさに目を付けた隣国の侵略を受け、争いを嫌う民は為す術なく蹂躙され、国は滅びる寸前まで追い込まれる。けれど時の王女が、類い稀なるその魔力で世界の半分以上の精霊達をその土地へと召喚し、大地を削り取るように引きはがして、愛する祖国を空へと浮かび上がらせたそうだ。
 この島は山々に包み込まれるように囲まれている。王女云々なんて、まことしやかな話なのだけれど…あながち架空の話でもなさそうな気がするのは、この島が伝え聞く話の通りの地形であることと、そんな伝説が残された鏡の月の住民達が、伝説通り…非常に強力な魔力を所有していたからだ。それこそ、大地の民から尊敬と畏怖の念を込め、神…と呼ばれるに相応しいほどの、膨大な魔力を。

 そんな島の端の端、『見下ろしのへさき』と呼ばれる山の先端に、私は立っていた。時刻は真夜中…もちろん館のみんなが寝静まったのを確認した上で一人抜け出してきたのだ。
「うっへぇぇ…よりによって北の空だぁ…」
 中腹からごっそりと切り取られた様な山の、少し外側へと向かって飛び出した崖の先。その眼下に広がる重く垂れ込めた雪雲を見つめて、思わずため息が漏れる。鏡の月の軌道は法則がある訳ではない。狙った日、狙った時間に希望の土地の真上にいるとは限らないのだ。最悪の場合を想定した防寒具も持ってきてはいるが、出来れば使わずに済むのを願っていただけに、気持ち落ち込んだ。
「迷ってても仕方ない!こんなにうまく条件が重なる日なんて滅多に無いんだし、今日の事がみんなに知れたら…多分警戒されてもう二度と抜け出せなくなるわよね。今しか機会は無いと思いなさい!」
 はためく衿元が、顎に当たるのが煩わしい。そんな小さな不快感を積み重ねれば重ねるほど決心が鈍っていくので、降りるなら今が絶好の瞬間なのだ。気合いを入れるように、パシンと両手で頬を叩いた。
「おいで!」
 右手をかざして呼んだのは、風の精霊たち。それと…万が一、着地に失敗した時を考えて、地の精霊をひとり。
「いっくよ〜っ!!」
 掛け声と共に、思い切って飛び降りる。体を包み込む落下感に、内側からゾクリとしたものを感じる。初めて体験するその感覚…けれど、不思議と恐怖は全く感じていなかった。



 こうして私はおとぎ話の神々の伝説の続きを求めて、住み慣れた地を旅立った。ほんの軽い気持ちから始まった、小さな冒険。まさかこの旅が、あんな結末を迎えるだなんて…この時の私には、知るよしも無く…─


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