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「はい、どうぞ。ミファール」
 アルシアに手渡されたカップを受け取って、ミファールは行儀よく姿勢を正して礼を言う。なみなみと注がれた温かい紅茶に頬が緩んだ。
「温まりますね…」
 無事にフロスティルト国を抜け、レディウス国へと入った三人は、街道を断つ川に架かった橋を前に小休止をしていた。春を迎えたばかりとはいえ、水辺はまだまだ寒さを感じる。だが橋を渡らないのには理由があった。
「ねぇ…コレ、泳いで渡れないかなぁ?」
 声を張り上げながら、離れた場所でフローラが問い掛ける。
「やりたいなら止めないけど…君が思うよりも流れは急で深いよ。それに…雪解け後の冷たい水は体温を早く奪うからオススメしないなぁ」
 温まるよう少しだけ粉末の生姜を入れた紅茶をすすりながら、アルシアはそれにつらつらと説明をして寄越す。
「私…行ける気がするんだけど…」
「君が行けても僕らが無理だよ!君のように、深い精霊の加護は持ち合わせてないからね!」
 無謀な意見に、ごもっともな返答をされて、しょんぼりと黙るしかない。

 街道を横切る橋は無惨にも崩れ落ちていた。普段は川幅もあまりなく穏やかな川だが、春のこの時期になると、降雪量によっては稀にこうした荒々しい流れになって、大事な橋が壊れてしまう事があるのだ。こうなったらどうしようも無い…上流へ迂回して、川を下に望む谷まで歩かなければ先へ進めずお手上げだ。
「フローラは渡れそうなんですか?…やっぱり凄いんですね」
「いや…アレはだいぶ渡れなさそう寄りだよ」
 のほほんとしたミファールの感想に、呆れた口調で返す。
「でも…その、精霊の加護があるんでしょう?なら飛び越したり、流れを止めたりすることも出来るんじゃないですか?」
 魔法の知識を持たないミファールのもっともな意見に、アルシアは首を横に振り否定した。
「あまりに過度に自然へ影響を与えることは、その後に起きる歪みも大きくなるんだ。だから例え可能だったとしても、フローラだって多分精霊にお願いしたがらないね。それに…落下を緩める魔法はあるけど、空を飛べる魔法は実は無いんだ」
「そうなんですか?」
「まぁ…もしかしたら、彼女なら使えるのかもしれないけど。少なくとも、僕ら大地の民たる魔法使いが使えたって話は聞いた事が無いね。人ひとりを支えて浮かして思いのままに飛ぶ…その魔法を使うための契約に必要とされる魔力は、人のそれでは補えない程に膨大なんだよ。フローラが一人で渡れても、僕やミファールが無理だと意味が無いだろう?」
 首をすくめ、ため息を吐く。
「でも僕にすら、まだまだフローラに関しては解らない事だらけだからね。あの深い精霊たちからの加護を見る限り、不可能とか無いんじゃないかと感じてしまうよ」
 まだ諦めきれないのか、ちょいと川に右手を浸しては引っ込めを繰り返したままの彼女を、穏やかそうに見つめながらアルシアが言う。
「そんなに…凄いのですか?」
「見てみるかい?」
 予想もしていなかった提案に、ミファールは迷うこと無く頷いた。
「僕の杖の石に触れて…そう、この丸い大きな石だよ。そのまま…僕が合図するまでは、目を閉じたままで待っててね」
 言われるままに石に触れ、目を閉じて待つ。気のせいか…触れた箇所から全身を巡るように暖かな空気が包み込んだ。
「はい、いいよ。目を開けてみて」
 その言葉を合図に目を開けた。明るく広がる視界に目が慣れると、合わさるピントとともに見慣れない綺麗な色をした何かが見えてきた。
「わぁ…何ですか、あれ…?」
「あれが精霊だよ」
 フローラの周りを中心に、赤や緑や青や白…色とりどりの光の粒が舞い踊っていた。
「どうして私にも見えるように…?」
「杖を媒介にして、君に少しだけ僕から魔力を注ぎ込んだんだよ。体内の気の巡りに合わせて全身に行き渡ることで、魔力を持たない人にも精霊を見せる事が出来るんだ」
「そうなんですか…」
 彼の説明は半分位しか理解出来なかったが、目の前の美しい光景を見れただけでも幸せで、心の底から感謝したかった。
「あ、ホラ…向こうから風の精霊が来たよ」
「えっ…?」
 アルシアの声にそちらを向くと、淡い白色の光の玉がふよふよと浮かびながらこちらの方へ向かってきていた。
「普段は見られない筈の人が自分を見てる事に興味を持ったみたいだね。好奇心が旺盛な風の精霊らしい!」
 近付いてみると、精霊は人の姿をしていた。ふわふわのシフォンのような白いドレスを身にまとい、ゆるやかなウェーブの豊かな髪の毛を風に任せて遊ばせている、愛らしい少女の姿。初めて目にする精霊の美しさに、ミファールが息を飲んで黙っていると、風の精霊は微笑んでそっと彼女の頬にくちづけてパチンと消えた。
「わ…いま、私に…!!」
「ミファールは精霊に好かれやすいのかもね。あんな楽しそうな姿、滅多に見れないよ」
「とっても可愛らしかったです…!!」
「今のは生まれてあまり経たない若い精霊だ。小さな女の子の姿をしていただろう?」
「はい」
「精霊の外見は…力が強いほど人に近いんだ。ああ見えて、かなり高位の精霊だよ。さすがはフローラの側に近付くだけあるね」
 アルシアの説明に小首を傾げていると、彼は笑いながら答えてくれる。
「弱い精霊じゃ、彼女の魔力を受け止めきれず弾けてしまう場合もあるだろうね、恐らくは。その位、精霊にとって恐るべき力を所有してるって事だよ」
「はぁ…なんだか想像つかないです…」
「だろうね」
 今度は声を上げて笑われたが、あまりに違いすぎる世界に触れられた事がただただ驚きで、そんな彼の様子など気にも留めず、ミファールはじっとフローラの姿を見つめ続けていた。


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