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「シェラ・ウェイダルマス・スティアーラ……彼女こそ、あの鏡の月を空に浮かび上がらせた月の民の始祖たる存在だよ。かつて山に囲まれ豊かで平和だったスティアーラ国が隣国に侵略された際に、民を守るためにその強大な魔力を使い国自体を地上から切り離し隣国の猛威から守り抜いた、当時のスティアーラ国の王女さ。………本当に知らないのかい?」
 最後の質問は、いまだ青ざめた顔をしたままのフローラへと向けられたものだ。ガクンと床に崩れ落ち、俯いたままの、彼女に。
「知ってる…知ってるわ…小さい頃からずっと聞かされた話だもの。だから気が遠くなる程に昔の話なんだとばかり思ってた…」
「まさか。それこそ二千年とちょっとくらい前の話だよ。…伝承が真実なら、ね」
 付け足されたアルシアの言葉に、フローラの体の力も少しだけ抜けたようだ。
「でも…私が聞いた通りの物語よ?それが何故…大地の民の間では祖母の名と共に伝えられているのかしら?」
「解らない…解らないから、調べる必要があるかもしれないね」
「え…?」
 血の気が引いて冷たくなっていたフローラの体をそっと抱きしめ、ぽんぽんと宥めるように背中を叩きながらアルシアがそう囁いた。少し子供扱いをされたようで複雑な気分だったが、不思議と気持ちが落ち着いていく。
「君が知る話が真実か、僕が知る話が本当か…答えが出るまで調べ尽くせばいいだけの話だ。さっきも言ったろう?僕は知りたいと思う事があると、我慢がきかないタチなんだ」
「うん…そうね、そうだわ。私も知りたくて、我慢出来なくてこの地へ来たんだもの」
「似た者同士だね、僕たち」
 そう言って笑うアルシアが頼もしく見えて、フローラは既に彼を疑う心が自分の中に無い事を知った。
「アルシア……その真実を探すのを、手伝ってほしいの。クラディエンスだけじゃない…私の知らなかった、月の民の全てを知る為に」
「喜んで。元より、君が拒否したら黙ってでも付いていくつもりだったからね!」
 冗談めかして言われ、声を上げて笑う。彼は計算高く無遠慮な人だが、嫌いになれない何かを持つ人間だ。
「そろそろ戻ろうか。君の友人が心配している頃だろうし」
「ミファールに悪いことしちゃったなぁ」
 アルシアの提案に、立ち上がろうと膝に力を込めたが、上手く立ち上がれない。
「大丈夫?」
「ん…ちょっと足が震えてて…」
 あまりにショックだったのだろう…さっきの勢いが嘘の様に覇気の無いフローラを見つめ、思い立ったのか…アルシアはおもむろに彼女を抱き上げた。
「ちょっ…!!」
「うわ、フローラ…君、軽いね!さっき持っていた本の束よりよっぽど軽いや!」
「おっ…下ろしてよ!自分で歩けるってば!」
 恥ずかしいのか、焦りからか、真っ赤な顔で嘆願するフローラをサラリと無視し、アルシアはそのままミファールの待つ部屋へと戻った。
「お帰りなさい。あら、仲良しさんですね」
 そんなミファールの感想に、殊更フローラの顔が赤く染まったのは言うまでもなく…。


* * * *


「やあ、おはよう。昨日はよく眠れたかい?」
「わざと?ねえ、わざと聞いてるの!?」
 眩しい青空の下、宿屋の扉をくぐった途端に掛けられた挨拶の声に、フローラはふて腐れた顔で叫んだ。
「嫌だなぁ〜…他意は無いよ?ミファールも、おはよう」
「おはようございます、アルシア」
 にこやかにそう返されて、彼は満足そうだ。ミファールに呼び捨てで呼ばれたからである。
 昨日はそのまま図書館を後にして、フローラ達が取った宿に戻った。部屋に空きがある事を確認し、アルシアも同じ宿屋で部屋を借りて、夜遅く…眠りにつくまで、三人で色々なことを話し情報を交換し合った。そこで、年上であるミファールに『さん』付けで呼ばれる居心地の悪さに耐え切れず、思わず頼み込んだのだ。
「まったく…朝一番の挨拶がそれだなんてさ。ちょっと傷付いたなぁ〜…僕」
「やっぱりわざとじゃない〜!!」
 わざと演技がかった口調でそう言うと、涙目で怒られてしまった。何故ならば、昨晩二人の部屋を出る際に彼女の頭を撫でてやると、何か思い出したのか再び顔を真っ赤にしたフローラの様が面白くて、ついからかい半分に抱きしめたり抱き上げたりしてしまったのだ。お蔭で、フローラは昨日はロクに眠れなかった。ただしアルシアから聞いた話によって不安に苛まれることも無かったのだが。
「それじゃあ出発しよう。出来れば日が暮れる前には次の宿場街まで着いておきたいからね。野宿は嫌だろう?」
「うっ…ま、まぁ出来れば避けたいところね」
 アルシアの住む塔までは、フィルディリアの町と同じく三日はかかるという話だった。まずこの国を抜けるのに半日と少しはかかる。まだ雪の積もるフロスティルト国内での野宿なんて…考えただけで背筋に寒気が走る。
「では参りましょう、フローラ」
「そうね、ミファール」
 差し延べられた手を取り、フローラ達一行はフロスティルトを後にして一路南のレディウス国を目指し、再び旅を開始した。
 道中フローラがアルシアの手の届く範囲へと自分から近寄る事は、決して無かったけれど。


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